第十六話 友達と彼女の亀裂
「じゃあ、今日の練習はここまでにしましょう」
「疲れたー……」
その後、ようやく美緒ちゃんの練習が終わり、美緒ちゃんもグッタリしながらその場に崩れ落ちる。
何だかんだで頑張っているな。
もう一人でも全然平気そうだから、俺も新体操部に顔を出すのはこれを最後にして、後は何か問題があったら、駆け付けるって形にしたいんだけど。
「じゃあ、明日は午前九時から練習ですよ」
「えーーー? 明日もあるの?」
「当り前ですよ。土曜日で学校が休みでも、部活はありますからね。私、大会近いんですし」
明日は土曜日で休みだが、練習があると言われてしまい、美緒ちゃんも露骨に嫌そうな顔をする。
「明日は幸助君とデートの約束が……」
「あら、そうですか。午前中で終わりにしますから、どうしてもしたいなら、午後からすれば良いでしょう。幸助先輩なら、言えば時間をズラすくらいは喜んでするでしょうし」
「むうう……美緒、お休みしたい」
デートだから休ませてくれと訴えても、当然のことながら、そんな我侭は許してはくれず、桐子ちゃんも素っ気ない対応で一蹴する。
俺も中学の時は部活やっていたけど、デートで休むって奴は見た事ないからな。
「なあ、桐子ちゃん。美緒ちゃんって、まだ正式に入部してないんでしょう?」
「そうですね。まだ仮入部の段階です」
「だったら、別に好きにさせれば良いじゃない。というか、どうすれば正式に入部を認めてくれるの? というか、桐子ちゃんに入部を決める権利はないよね?」
「顧問の先生は新体操の素人ですから、私に任せっきりなんですよ。大会の時は引率には来てくれますけど。新体操の経験者自体少ないですからね……」
ウチの学校の教員にも新体操の指導を出来る先生はいないし、部員一人しかいないし、コーチもいないから完全に一人で活動している。
俺だって、新体操の指導なんか出来やしないから、こうやって顔を出して、彼女の応援をするくらいしか出来ないしさ。
「じゃあ、名前だけでも入部させてあげればいいじゃない。実際、名前だけの部員もいるんでしょう」
「……美緒ちゃんが本気か見極めたいんですよ。理由はわかりますよね?」
「そりゃ……」
わからなくはない。
美緒ちゃんの事だから、すぐに泣いて投げ出すとでも思っているんだろうし、正直、俺もそうなると思っていたんだが、今のところ、たまに練習キツイって言いながらも、真面目には取り組んでいるじゃないか。
「美緒ちゃん、新体操部は楽しい?」
「楽しいよ」
「だってさ。ほら、入部認めてやりなよ」
笑顔で即答してくれたので、もう拒否する理由はないはずだ。
「うう……美緒ちゃんが新体操部に……」
「そんなに嫌なの?」
「わかりました! じゃあ、明日は練習来てください。昼前には練習終わらせますから、そこで入部届を渡しますので」
「うー……明日は、デート。幸助君との約束が先だよ」
「後とか先とか関係ないですよ。正式に入部する以上は新体操部の活動を優先させてもらいますからね。全く、羨ましい……じゃなくて、美緒ちゃん、相変わらずおかしいんだから」
新体操部に入る気はあるが、幸助とのデートの方を優先させたい美緒ちゃんはなおも渋っていた。
一応、桐子ちゃんの言っていることは正論なんだけどな。
幸助の事だから、予定をズラすくらいなら、話を聞けば喜んでするわけだし。
「ま、どうしても嫌なら良いですよ。明日、来ないなら入部届は渡しませんから」
「あんまり、意地悪言うなって。入部届なら顧問の先生も持っているでしょう」
「そうですけど、私を通してくださいとは言っていますから。実質、私が仕切っているんですよ、新体操部は。美緒ちゃんの入部を決めるのも私です」
と、桐子ちゃんも頑として譲る気はなさそうだが、この子も意外に筋を通すことを譲らない子なんだ。
幸助もこの子と付き合っていたら、色々と苦労はさせられたろう、美緒ちゃんとはまた違う苦労を。
「むうう……桐子ちゃん、ちょっと意地悪じゃない?」
「美緒ちゃんの為を思っているんだよ。運動部なら土日もあるのは普通だし。美緒ちゃん、部活とかやったことないの?」
「中学の時はねー、美術部だったんだよ」
「へえ、美術部か。絵を描くの好きなんだ」
「うん。美緒、感性が凄いってよく言われるから。ほら、見て。上手でしょう」
「どれどれ……う……」
美緒ちゃんと一緒に帰っている時に、美緒ちゃんが得意気にスマホで自分が描いた絵を見せると、それは何て言うか……。
美術でやったけど、抽象画っていうのか? 何とも前衛的な絵と言いますか、子供の落書きレベルとしか言いようがないけど。
「どう? 上手だよね!?」
「あ、ああ……個性的な絵だと思う」
「へへ、皆からそう言われるんだ」
満面の笑みでそう言う美緒ちゃんだが、それ絶対に褒めてるわけじゃないからな。
美緒ちゃんお世辞をお世辞と見抜けるだけのスキルは持っておいた方が良いよ。
「明日はどうするの? 幸助に話したら、部活の方に行けって言うよ、あいつの事だし」
「美緒、新体操やりたいけど、幸助君のデートも時間削りたくない。これ、我侭?」
我侭ではないけど、時間は有限な訳でして……。
俺の方から言ってやろうかな? そう思っていると、
「ねえ、明日の予定なんかある?」
「明日は美緒と出かけるって言ったじゃん」
「えー? 美緒ちゃん、新体操部で忙しいみたいだしさ。どうせなら……あ」
そう話しながら、近くのコンビニから出てきた矢口と幸助の二人とバッタリと目が合ってしまった。
というかまだ帰ってなかったのかよ、二人とも。
「幸助君に凪ちゃん」
「おお、宗太と美緒じゃん。お前らも帰り?」
二人が俺達とバッタリと顔を合わせると、幸助は何食わぬ顔をして俺達に声をかける。
(この状況、まずいよな……)
友達の彼女と二人で歩いているって普通に考えたら、浮気を疑われてもおかしくない状況だし、その友達も彼女以外の女子と歩いているって……。
ダブルの浮気ってやつ?
「美緒、もう部活終わったんだ」
「うん。凪ちゃんと一緒だったの?」
「そうなのー。久しぶりに幸助と一緒に帰りたかったから。ウチら幼馴染だし、前はしょっちゅう二人で一緒だったのよ。小学生の頃から」
と、矢口は得意気に呆然としている美緒ちゃんに畳みかけるように言うが、ちょっと煽り過ぎじゃない矢口?
「ふーーん……ねえ、幸助君。明日のデートは……」
「ああ、十一時に駅前に集合な。遅れるなよ」
「その……」
「明日、新体操部の練習が午前中にあるらしいんだ。それで……」
美緒ちゃんが言いにくそうだったので、俺の方から言う。
「へえ、桐子ちゃん張り切ってるじゃん。じゃあ、デートは無しかな」
「午前中で終わるらしいから……」
「幸助君は、美緒とデートしたくないんだ」
「え? そんなことないけど。部活、何時に終わるの? デートはそれからでも良いじゃん」
「…………もういい」
「へ? あ、おい美緒」
美緒ちゃんは俯きながら、そう呟いた後、そのまま走り去ってしまった。
「あ、美緒ちゃん!?」
「あーあ、拗ねちゃった。幸助も冷たいわよねえ」
「え? 俺、何かした?」
幸助は何で美緒ちゃんが怒っているか理解できなかったみたいだが、こいつ思っていた以上に鈍感すぎるだろ。




