第十四話 美緒ちゃんの悩み
美緒ちゃんが新体操部に出入りするようになって、数日が経過し――
「今日も部活に行くのか?」
「うん。桐子ちゃんがやる気があるなら、いつ来ても良いって言ってくれているの」
「そっか。頑張れよ」
放課後になり、美緒ちゃんは着替えて今日も新体操部の練習に向かう。
まだ正式な入部はしておらず、仮入部の段階らしいが、すっかり馴染んでしまった様で、一昨日から美緒ちゃんの様子を見に行くこともしないことにした。
俺も別に美緒ちゃんの保護者ではないんだし、あとは美緒ちゃんが頑張れば良いだけだろう。
「美緒がまさか新体操部に入るとはなあ。桐子ちゃんもよく美緒の指導をしているよ」
「だな。幸助、最近、美緒ちゃんと一緒にいる時間減っているみたいだけど、寂しくないの?」
「別に。カップルだからって、四六時中一緒にいる理由もないじゃん。夜中は毎日、LINEでやり取りしているし、今度の土曜日は出かける約束しているから、何の問題もないね」
「ふーーん……」
付き合ってから、放課後は生徒会の仕事があるとき以外、幸助は美緒ちゃんと一緒にいたのだが、美緒ちゃんが新体操部に入ってから、幸助と美緒ちゃんが二人でいる所をめっきり見なくなってしまった。
本当にうまく行ってるのかな? 少しは寂しがってもよさそうだけど、幸助は顔色を全然変えてないし、いつもと同じ調子を続けていた。
「へえ、美緒ちゃん新体操部に入ったんだ」
「凪」
そんな会話をしていると、矢口が俺達に興味深そうな顔をして話しかける。
「意外よね。美緒ちゃんが新体操に興味を持つなんて。運動とかあんま出来なさそうなのに」
「結構、足は速いらしいよ。運動神経は悪くないんじゃないかな」
「運動神経とかじゃなくてさあ。美緒ちゃんの性格だと、部活なんて続けられなさそうじゃない」
「矢口、そんな事言うなよ」
俺もちょっとだけそれは思ったけど、実際に美緒ちゃんは頑張っているんだしさ。
あんまり水を差すような事を言わないで欲しいよ。
「鎌田君。ちょっとよろしいでしょうか?」
「会長。どうしたんです?」
「文化祭の予算について、確認したいことが……あら、矢口さんに佐藤君も」
「どうも。聞きました、会長? 美緒ちゃんが新体操部に入ったらしいですよ」
「美緒ちゃんが? ああ、そういえば、最近、放課後、ジャージ姿で体育館に行っている所をよく見ていると思ったんですけど……新体操に興味あったんですね」
教室に入ってきた水谷先輩に矢口が美緒ちゃんの事を話すが、やっぱり先輩も驚いていた。
「はは、あの美緒ちゃんがね。俺もビックリですよ」
「鎌田君、いいんですか? 彼女の美緒ちゃんと一緒にいる時間減るんじゃないですか?」
「別にそこは気にしないですよ。むしろ、美緒が夢中になるものが出来て嬉しいと言うか」
「そうですか。なら、良かったです。では、生徒会室に来てください。すぐ終わりますので」
「わかった」
先輩は安堵したような複雑そうな笑みを見せながら、そう言うと、幸助を連れて行こうとするが、
「ねえ、幸助。終わったら、一緒に帰らない?」
「凪と? 別にいいけど」
「ヤッター。じゃあ、二人で買い物に行こうね。校門で待っているから」
「ああ」
矢口の誘いにあっさり乗ると、矢口も喜んでいたが、幸助さあ……。
いくら幼馴染とはいえ、彼女がいる身で女子と二人で帰るのはどうかと思うんだけど。
「俺も一緒に行ったら駄目?」
「何で佐藤君まで」
「いや、ゴメン。やっぱり、いいよ」
念の為、俺も一緒に行って良いか矢口に聞いたら、あからさまに嫌な顔をされたので、すぐに引き下がる。
美緒ちゃんが聞いたら、怒ると思うんだけど……念の為、今日は体育館まで彼女の様子を見てみるか。
「はい、それでは今度はその足をこうやって、上げてください」
「こ、こう……?」
「違います。かかとの所を持って、そのまま持ち上げるように」
「うぐうう……」
美緒ちゃんは足を後ろに上げて、ポーズの練習をしているみたいだが、桐子ちゃんの指導の下、辛そうにしながらも懸命に練習に打ち込んでいた。
うん、心配はなかったな。
安心して帰ろうとすると、
「うわあああっ!」
「ちょっ、美緒ちゃんまだですよ」
「もう限界~~……」
美緒ちゃんが急に奇声を上げて、そのまま体育館の床に倒れこむ。
「限界って、もう少し頑張ってください。ちゃんとポーズは出来ていたんですから、あと五秒我慢すれば良いんですよ」
「でも、手も足も痛くて無理―」
「はあ……じゃあ、しばらく隅っこで休憩していてください」
美緒ちゃんが遂に弱音を吐いてしまい、桐子ちゃんも溜息を付きながら、体育館の壁際に行って、座り込む。
「あら、佐藤先輩。覗きですか?」
「ち、違うって。ちょっと様子を見に来ただけだよ」
桐子ちゃんが俺の視線に気づいたのか、頬を膨らませながらそう言ったので、俺も中に入る。
「昨日と一昨日は来てなかったじゃないですか。まあ、いつまでも来る方がおかしいですけど」
「美緒ちゃんの事、やっぱり気になってね。頑張っているじゃないか」
「どうですかね。美緒ちゃん、もう限界っぽいですけど」
「でも、まだ辞めるとは言ってないんだろ。てか、美緒ちゃんって……」
「う……先輩が、これからは美緒ちゃんって呼んでくれってしつこいから、そう呼んでいるだけですよ。一応、先輩だからって言ったんですけど、友達だからって……」
と、照れくさそうに桐子ちゃんは呟くように言ったが、友達と言われた事がやっぱり嬉しかったんだ。
美緒ちゃんのこういう人懐っこい所は、やっぱり良い所だよな。
「美緒ちゃん、もういい?」
「まだー」
「はあ……真剣にやってくれてるかと思ったら、やっぱりこれかあ。しょうがない、一人で練習しますね」
美緒ちゃんはかなりヘバっていたようで、まだ隅っこの方で蹲っていた。
「ワンツー、ワンツー……」
桐子ちゃんはゴムボールを持ちながら、新体操の練習をしていく。
こういう何気ない練習でも体が柔らかくて、しなやかに動くなと感心してしまうが、美緒ちゃんもこうなりたいから新体操部に入ったんだよな?
「ちょっと良い、美緒ちゃん?」
「ソウ君。美緒のこと、見に来たんだ」
「まあね。どう、新体操部は?」
「どんどん練習キツくなってきてるー……足も痛いし、これ以上、無理かも」
これ以上無理か……ま、まだ仮入部の段階みたいだし、嫌ならやめても構わないってのは桐子ちゃんも考えているんだろう。
「今日さ、幸助は生徒会の仕事だって」
「またー? 幸助君、最近、生徒会の仕事ばっかだね」
「忙しいんだろ。その後は矢口と一緒に帰る約束をしていてさ」
「ふーーん……」
さり気なく矢口と幸助が二人で帰る約束をしたことを告げると、美緒ちゃんは何だか微妙そうな顔をして、そのまま黙り込む。
「幸助と喧嘩でもした?」
「してない。幸助君、良い人だよ。土曜日も美緒とデートする約束しているんだー」
「へえ。仲良くしているんだ」
「うん。それでね、今度美緒の家で……うわああ」
「ん?」
美緒ちゃんが何か言いかけたところで、顔を上げたので、何かと思ったら、桐子ちゃんがリボンをくるくる回しながら、体を大きく逸らしてジャンプしてる姿が目に入る。
これが新体操って動きをしているが、やっぱり綺麗だな桐子ちゃん。妖精と言われるだけの事はある。
「桐子ちゃん凄い! 美緒もやる」
「え? ちょっと、まだ美緒ちゃんには……ああ、もうわかりました。その代わり、練習は厳しくやりますから、ちゃんと言う事を聞いてくださいね」
「うん!」
桐子ちゃんがまたジャンプをしたところで、美緒ちゃんが目を輝かせながら、桐子ちゃんの元へ駆け寄り、桐子ちゃんもうんざりしながらも、彼女にリボンを渡して、練習を再開する。
ちょっと弱気になったみたいだけど、やっぱり大丈夫そうだな。
そう思って帰ることにしたが、幸助と美緒ちゃんの関係、ちょっと気になってしまったのであった。




