第十二話 思わぬ体験入部
「桐子ちゃんは……あ、いた」
体育館へ行くと、桐子ちゃんは隅っこの方でジャージ姿でストレッチをしていた。
これから練習を始めるみたいだが、遠目で見ても体がやっぱり柔らかいなあ。
「桐子ちゃーーん」
「あ、美緒ちゃん、待ってくれ」
彼女の姿を見るや、美緒ちゃんは子供のような声で桐子ちゃんの元へと駆け寄る。
俺との浮気が疑われているのわかっているのかな……。
「み、皆川先輩……それに佐藤先輩まで。どうしたんです?」
「いや、さっきの事なんだけどさ。俺と美緒ちゃんの事、誤解したままだとまずいと思って」
「誤解も何も二人が仲良いの事実じゃないですか。今だって、こうやって……」
「ねえねえ、桐子ちゃん。美緒もしんたいそーやりたい」
「は? いきなり、言われても困るんですけど……」
どうにか美緒ちゃんとの関係の誤解を解こうと弁明しようとすると、美緒ちゃんはそんな事は知ってか知らずか、全く空気も読まず、桐子ちゃんに新体操をやりたいとせがむ。
「美緒も桐子ちゃんみたいに新体操でみんなを魅了したいの。ねえ、やらせて」
「あのですね。そんな簡単なものじゃないですよ」
「良いじゃない、試しにやらせてみれば。桐子ちゃんも新体操部の部員募集しているんでしょう。折角美緒ちゃんも興味持ったんだし」
「ねえ、やらせてー。美緒、感性が凄いって言うから、きっと出来るよ」
「か、感性だけで出来るもんじゃないんです。こっちだって、大会が近いんですから」
「まあまあ、今日だけでも、体験入部って形でさ。俺の方からもお願いするよ」
「ああ、もう。わかりました。じゃあ、ちょっと教えますから、その前にせめて体操着に着替えてきてください。制服じゃ出来ないでしょう」
「うん、わかった」
無碍にすると、美緒ちゃんが泣きだして癇癪を起す性格なのは、桐子ちゃんもわかっていたので、一先ず練習に参加することになった。
「それじゃ、まずは柔軟から、始めますね。それでは、こうやって足を開いて」
「おお……」
美緒ちゃんが体操服とジャージに着替えて体育館にやってくると、桐子ちゃんは足を大きく開いて、柔軟を始めるが、よくこんなに足が開けるな。
俺も体育の時間でやった事あるけど、こんなにどうやったら、足が開けるのか聞きたい。
「すごい、桐子ちゃん。どうやって、こんなの出来るの?」
「練習すれば出来ますよ。取り敢えず、どの程度、足が開けるかやってみてください」
「うん。えっと……んーーーーー……」
桐子ちゃんの指示で床に座り、美緒ちゃんが足を開こうとするが、やはり、中々開かず、ハの字の形になったところで、限界が来たようだった。
「大体わかりました。そうですね……まずは、もっと足が開けるようにならないと、話にならないです。床に胸は付きますか? こんな感じで」
「無理―……」
桐子ちゃんはストレッチをまたして、床に胸が付くくらいに体を倒すが、美緒ちゃんは……というか、俺でもこんなのは無理だ。
「そうですね。まずは、そこの壁に立ってください。姿勢はこんな感じで」
「こう?」
「そう。腰のあたりをちょっと離す感じで……お腹を引き締めて。そうです」
「むむむ……」
美緒ちゃんを壁際に立たせて、新体操の基礎らしきものを美緒ちゃんに仕込んでいくが、最初は渋っていた桐子ちゃんも美緒ちゃんに真剣に丁寧に指導しているので、やっぱり根は良い子というか、指導熱心な子なんだな。
「ぐぐぐ……これ以上は無理いい……」
「これ以上無理というその先まで、頑張ってください。徐々に体は柔らかくなりますから……この辺が限界か。はい、もう良いですよ」
「はううう……」
足を上げて伸ばす練習をしたあと、美緒ちゃんはぐったりして、その場に崩れ落ちてしまう。
何だかんだ言って、桐子ちゃんの練習メニューを真面目にやっているな、美緒ちゃん。
「あうう……美緒、もう体のあちこち痛いよお」
「初めてならこんなものですよ。ああ、もうこんな時間。そろそろ私の練習も始めないと。どうします、まだやりますか?」
「もう良い。でも、明日もやりたい!」
「は? 明日もですか?」
「うん。桐子ちゃん、教え方上手で、とっても楽しかったよ。美緒、もっと新体操頑張りたい」
「へえ。じゃあ、新体操部に入部しちゃう?」
「うーん……入っても良い?」
「は、入るのは構いませんが、練習は厳しいですよ。今日は体験入部だから、私も少し甘めに指導したんです。それに私だって、まだ人に教えられるほど、上手とは言えないと言うか……」
美緒ちゃんが思いのほか、やる気になってしまったので、桐子ちゃんも困惑しているようだが、美緒ちゃんが新体操部に入部か。
小柄だけど、可愛いから、意外に似合うかもしれないな
「駄目なのー? 幸助君も、新体操部は部員いなくて、いつでも募集しているから、入らないかって前に美緒にも言ったけど」
「く……ああ、じゃあ、取り敢えず、また明日来てください。そこで、もう一度、練習しますから」
「うん!」
美緒ちゃんが上目遣いで、桐子ちゃんを見上げながらそう言ってきたので、桐子ちゃんも恥ずかしがりながらも折れてしまい、明日も美緒ちゃんが新体操部の練習に参加する事になった。
「えへへーー……美緒も、桐子ちゃんみたいになれば、凄い人気になれるかな?」
「なれるとも。幸助も喜ぶんじゃないか」
「幸助君も喜ぶ? 佐藤君は?」
「俺も美緒ちゃんにファンになるって、絶対に」
「本当? えへへ……じゃあ、頑張ろうかな」
こうやって、何かに打ち込もうとする美緒ちゃんの姿が新鮮なので、つい応援したくなってしまう。
何だかんだでこういう無邪気な所が可愛いんだよなあ。
「そこ、のろけないでください。てか、本当に二人とも仲良いですね。まさか、浮気しているんですか?」
「してないよ」
「佐藤君はお友達だよ」
「お友達……幸助先輩と付き合っているんじゃなかったんですか、皆川先輩」
「付き合っているよー。でも、佐藤君もお友達なの」
「…………理解できませんね」
と、吐き捨てるように言うと、桐子ちゃんもまた柔軟を始め、
「練習始めるんで、そろそろお帰り下さい」
「そう。今日はありがとうな。ほら、美緒ちゃんもお礼を言おう」
「桐子ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして。入部するって言うなら、私も本気で指導しますから、覚悟してください。皆川先輩に付いて行けるとは思えないですけど、新体操を本気でやりたいなら、私も嬉しいですから」
最後、何気に酷いセリフを言った桐子ちゃんだったが、それでも指導している最中は嫌なことを一つ言わなかったので、新体操への姿勢は本物なんだと改めて感心してしまった。
俺は何やっているんだろうな……桐子ちゃんと比べると、俺の方も情けなくなってきたよ。
「今日は楽しかった、美緒ちゃん?」
「うん。桐子ちゃん、凄く優しかったね。美緒、あんなの初めてかも」
「初めてって……」
どういう事だ?
「美緒、何かやるとすると、いつも怒られるんだけど、桐子ちゃん一回も美緒のこと、怒らないで教えてくれたよー。だから、美緒、桐子ちゃんの事、好きー」
「そっか」
美緒ちゃんを一度も叱らなかったか。
確かに桐子ちゃんは美緒ちゃんを一度も叱責らしき事はしなかったな。一応、体験入部だから甘く指導したとは言っていたけど、指導自体はむしろ楽しそうにやっていたな。
ストーカーじみた事もやっているけど、美緒ちゃんまで本気にさせちゃうなんて、ちょっと桐子ちゃんの事を見直したかも。




