路地
冬の風は冷たかった。
駅への道を歩きつつ、スマホで、いくつかニュースサイトを確認する。
だが、やはり、あのような事件は見当たらなかった。
「歩きスマホやめなよ。」
隣を歩く沙月が、こっちを見る。
「ああ。」
応えつつ、それでも操作はやめない。
「あんたさ、また誰かと喧嘩したんじゃないの? 警察沙汰とか勘弁してよ。」
沙月が、疑惑の視線を向けてくる。
「してねぇよ。」
スマホをしまう。
…まだ、発見されていないのか?
横断歩道を渡ると、あの路地の通りに差し掛かる。
「……ちょっと、寄りたいところがある。」
「は? なに?」
「昨日の夜、ここ通ったんだ。ちょっと見ておきたい。」
「……はあ?」
沙月が呆れたように溜め息を吐く。
応えを待たず、細い路地へと足を向ける。
「…やっぱ、あんた、喧嘩とかしたんでしょ。」
沙月は、文句を言いながら付いてくる。
通りから外れたその道は、朝でも陰が濃い。
「……なんか、空気悪くない? ここ。」
沙月は不安げに辺りを見回す。
「普通だろ。」
錆びた配管が走る壁の中を、
ポリバケツを避け、路地の奥へと進んでいく。
目の前の、ビルに挟まれた間隙。
古いコンクリート塀、錆びた鉄扉、割れた街灯。
そこは、昨夜、血の匂いが充満していた場所――のはずだった。
だが、何もない。
地面も、壁も、血の一滴の跡もなかった。
証拠を隠滅したというレベルじゃない。
最初から何もなかったかのようにしか見えない。
「……嘘だろ。」
立ち尽くす。
風に吹かれ、ゴミ袋が鳴った。
夜の残像が脳裏を掠める。
血だまり、刃、あの冷たい目。
確かにここで――。
足場が崩れたような感覚に、バランスを崩しそうになる。
「ねえ、ほんと、何しに来たの?」
沙月が腕を組んだ。
「……いや。何でもねぇ。」
何とか、言葉を絞り出す。
沙月は怪訝な表情を浮かべた後、
「なら行こ。ホントに遅刻する。」
と、オレの腕を引っ張った。
沙月に急かされたままに、その場を後にする。
朝の光の中。
それでも、あの夜の匂いが、
まだどこかに残っている気がしてならなかった。




