朝
――――。
「――空斗、起きて。朝だよ。」
重い瞼を開けると、ポニーテールが見下ろしていた。
「…沙月。」
喉が渇いていて、声が嗄れた。
こわばっている体を起こす。
「制服のまま寝て。だらしなさすぎ。」
呆れ半分の声に、眠い目を向ける。
沙月は母方の親戚で、このアパートの大家の娘だ。
オレが朝遅いと、こうして起こしにくる。
余計なお世話だが、家賃が親戚価格なので文句は言えない。
「……なんで部屋にいんだよ。」
頭がハッキリしない。
胸が妙に騒めいている。
「呼んでも返事ないし。鍵かかってなかったし。
ホント、不用心なんだから。」
(――鍵が開いていた?)
そんなわけ――
ドアに視線を向ける。
その瞬間、脳裏に映像がよぎった。
――暗がりを染める赤。
――鉄の匂い。
――冷たい目。
――刃の光。
眠気が一瞬で消える。
背筋が凍り、呼吸が止まる。
冷や汗が滲む。
全身を見回す。
傷も、痛みもない。
……体は無事だ。
開けた両掌はわずかに震える。
ただ、それだけ。
――だが、”あの後”が思い出せない。
どうやって帰った?
あれから何があった?
思い出そうとしても、記憶がぷつりと途切れている。
「どうしたの。何かあった?」
沙月の声に、我に返る。
だが、何があったか分からない。
答えようにも答えようがない。
「……家のこと?」
不意を突かれ、言葉に詰まる。
沙月の表情には、微かな心配が浮かんでいた。
「…違ぇよ。」
「そう。」
それ以上、何も聞かない。
静かな間が落ちる。
所在なさげに巡らせた視線の先に、テレビがあった。
(…ニュース!)
リモコンに手を伸ばす。
(あんなことがあれば……)
テレビに向け、電源を入れる
「朝からテレビ?珍しい。」
チャンネルを変える。
天気予報、スポーツ、政治。
そして、事件のニュース。
交通事故や地方の火災、その中に”殺人”の言葉。
だが、暫く前からやっている事件の話で、女の犯人が捕まったらしい。
…痴情のもつれ。昨日の”アレ”とは結び付かない
(……夢だったのか?)
――そんなはずはない。
鼻の奥に、あの血の匂いが残っている。
夢にしては、全てが鮮やかすぎる。
「いつまで見てんの。遅刻するよ。」
いくら画面を変えても、それらしいものは出てこない。
…仕方ない。
テレビを消し、制服の乱れを直す。
鞄を掴んで玄関へ向かう。
沙月の後を追い、ドアを開ける。
冬の光が差し込んだ。
晴れた空が、やけに眩しい。
――それでも、胸の奥に、夜の冷たさが残っていた。




