29/56
薬
夕刻。
帰宅途中の駅前では、ボランティア団体が活動していた。
パイプテントが幾つか設置され、精力的に動いている。
その向こうに、見覚えのある姿があった。
「……神谷のおっさん。」
ポケットに手を突っ込み、テントを眺めながら歩いている。
目が合うと、ゆっくり近づき、広場の端のベンチを示す。
二人で移動すると間を置かずに切り出してきた。
「おい、上角。おめぇ、薬の噂、聞いたことねぇか?」
「薬…?」
「こないだ、暴行でしょっ引いたやつがな。
見たことない薬、飲んでたみてぇでよ…。」
芳賀の言葉が脳裏を掠める。
――”アレ”を引き起こしたかもしれない薬。
だが、証明できない、とか言っていた。
「いや、聞いてねぇけど。」
神谷は少しだけ顎を掻く。
「そうか。…まぁ、ちょっと気になって調べてるだけだ。
鑑識も『何も出ない』つってたしな。」
立ち上がり、踵を返す。
「何か聞いたら教えてくれや。」
それだけ言い残し、ゆっくりと去っていく。
西日がその背を照らしていた。
――”何も出ない”。
その言葉が逆に、妙な引っ掛かっかりを残していた。




