6-33
甘い砂糖という魅惑の存在に思いを馳せていたタニアだったが、少女の声が現実へと引き戻す。
「ここよ」
どうやら目当ての場所に到着したらしい。
ようやく足を止めたのは、一軒の建物の前。看板には消えかけた宿屋の印。年季の入ったドアの取っ手は取れかかっている。窓は壊れて閉められないのか開けっ放し。見上げれば、上階の雨戸も蝶番が外れかかっており、今にも外れそうだ。
タニアは言葉を失った。
見るからに廃屋である。こんなところに人がいるとは思えない。
「ねぇ。本当にここであってる? 正直、人が住んでるようには見えないんだけど」
タニアは不安になって少女に問いかける。
しかし少女は、そんなタニアを馬鹿にしたように鼻で笑った。
「私の情報収集能力を舐めないでほしいわ。間違いなくここよ」
少女はそう言うと、ズカズカと中へと入っていってしまう。
タニアは、慌てて少女の後を追う。
廃屋の中に入ると、黴の臭いが鼻をつく。長年掃除もしていないのか、床にはうっすらと埃が積もっていた。
空気も淀んでいて、息をするのも躊躇ってしまう。
タニアは、思わず手で口と鼻を覆った。
(本当にこんな場所に人がいるっていうの?)
不安がるタニアを余所に、少女は臆することなく奥へと足を進める。少女の視線の先には、カウンターがあった。
カウンターの中では、老婆がうたた寝をしていた。まさか店番だろうか。
「ちょっと、おばあさん」
少女は老婆に声をかける。しかし、老婆は起きる気配がない。
少女はもう一度、今度は先ほどよりも大きな声で老婆に声をかける。それでも、やはり老婆は目を覚まさなかった。
少女は苛ついたように舌打ちをすると、カウンターの中に入っていった。そして、躊躇なく老婆を揺り起こす。
ようやく目を覚ました老婆は、タニアたちの姿を認めると皺だらけの顔をさらにくしゃくしゃにして微笑んだ。
「王都エル・ヴェルハーレへようこそ。お泊りかい? お代は、一人あたり銀貨二枚だよ」
老婆の言葉に、タニアは思わず目を見張る。
(こんなにボロボロなのに、本当にまだ営業していたのね)
タニアは改めて中を見渡す。足の折れたテーブルに、カビの生えたソファ。埃の積もったカウンター。
とてもではないが、利用客がいるとは思えない。
王都エル・ヴェルハーレは広い。こんな潰れかけた宿屋に泊まらずとも、他にいくらでも宿屋はある。
タニアがそんなことをぼんやりと考えていると、少女は戸惑う様子も見せず老婆に言った。




