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一人残されたタニアに、ノルダは花蜜の収穫方法を教えてくれた。そして、生活していく術を教えてくれた。今にして思えば、ノルダはタニアの境遇に同情していたのかもしれない。
しかし当時のタニアにはそんなことなど知る由もない。
厳しい物言いをする彼女が怖く、いつもノルダの顔色を窺っていた。
両親が戻ってくるまでの辛抱だと思い、タニアはノルダに怒鳴られまいと必死で言いつけられた家の仕事をこなした。
ノルダの言いつけは、いつもたくさんあった。畑の仕事然り、炊事洗濯に繕い物然り。
見習い学校を出ていないタニアが読み書きや計算ができるのも、ノルダの厳しい教育の賜物だ。
ノルダは足が痛いと言っては買い物をタニアに任せていたし、目が疲れると言っては街で配られる号外紙を幼いタニアに音読させたりしていた。
そのおかげか、タニアはいつしか一通りの仕事なら難なくこなせるようになっていた。思っていた仕事とは少し違うが、夢だったギルドの受付嬢としての仕事にも恵まれた。
ノルダがいなければ、タニアはとっくの昔に生きていなかっただろう。
感謝こそすれ恨む理由は一つもないのだが、当時のタニアには、まだノルダの愛情がわからなかった。
厳しく接するノルダが怖くて涙したことは数知れず。
そんな時はサージアの花蜜を吸った。
ほんのりとした甘さが、幸せだったあのひとときを思い出させてくれた。
花蜜を吸いながら泣きつかれて眠ってしまった次の日には、必ず、サージアの蜜の入ったハーブクッキーがノルダの家の食卓に置いてあった。
素朴な甘さの優しいクッキーが、ノルダの優しさそのものであることに気がついたのは、ずっと後になってからだった。
その頃にはもう、タニアは両親とは二度と会えないのだということもわかっていた。
タニアは自分で花蜜入りのハーブクッキーを焼けるようになっていたし、ノルダの厳しい物言いも、親が子に言うような愛情からくるものなのだと理解していた。
そして、その愛情に応えなければと思うようになっていたし、ノルダのためなら、なんでもできると思うようになっていた。
それでもなお、タニアの胸の内には砂糖への渇望があった。
自分で稼げるようになったら。砂糖を買えるようになったら。
スイーツ店から漂ってくる甘い香りは、タニアの心の奥底のそんな思いを刺激する。
少女の後ろを歩きながら、タニアはその場所を確認するように、店の看板やショーウィンドウに何度も目をやっていた。




