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少女はプイッと顔を背けると、再びタニアの手を取り強引に歩き出した。その態度には有無を言わせぬものがある。
これ以上問答をしても時間の無駄だと悟ったタニアは、諦めて少女の後に続いた。
(帰りに絶対寄ろう)
タニアは思わずゴクリと喉を鳴らす。
行列のできるスイーツ店には以前から興味があった。
しかしそれは、タニアが甘いものが好きだからという理由だけではない。
スイーツ店という場所は、これまでのタニアにとっては手の届かない場所だったのだ。
そもそも、甘味というものは高級品だ。
砂糖は高価で、貴族や豪商といった裕福な者しか口にできない。
最近は、砂糖の価格が下がったらしいが、それでも砂糖を買えるほどの余裕は、タニアにはなかった。
「香草亭」では、花蜜を砂糖の代用品としている。
花蜜はとても安価で、平民でも手軽に手に入れることができる。花蜜の用の花を育てれば、購入の必要すらない。
タニアの家でも、サージアという植物を花蜜用に育てている。
このサージアという植物は、一株に小さな赤い花を幾つもつける。花は一つ一つがコロンとした小さな器のような形をしていて、その花の中に蜜が溜まる。
小さな花の為、一つ一つを収穫するのは手間がかかる。しかし、株自体を枯らさなければ、花を取り切ってしまっても、また花を咲かせてくれるので、平民の間では重宝されている植物だ。
タニアはサージアの花蜜を水で薄めたり、逆に煮詰めて濃くしたりして使っている。
甘味が乏しい生活の中で、タニアにとってサージアの花蜜は貴重な甘味だった。
しかし、所詮は植物の蜜。雑味やエグ味があるし、香りの割に甘みは弱い。
それでもタニアには十分な甘味なのだが、さすがに砂糖には敵わない。
砂糖は、花蜜など比較にならないほど甘い。
タニアが砂糖に心躍らせるのには理由がある。
実は、タニアは以前一度だけ砂糖を口にしたことがあった。
あれは、まだタニアが幼い頃のこと。
父がどこからか砂糖を手に入れてきた。
指先についたほんの少しの砂糖を、ペロリと舐めた途端、小さなタニアは衝撃に目を見開いた。
あまりの甘さに脳が蕩けそうになったのを今でも覚えている。
その日、母はタニアに砂糖を溶かした甘いホットミルクと甘いパンケーキを作ってくれた。
それからしばらくして、父と母は連れ立って出掛けていき、それきり帰ってこなかった。
甘い砂糖の記憶は、父と母との数少ない思い出としてタニアの心に深く刻まれることになった。




