32 やめろおおおおおお!
店内はひとときの騒ぎが嘘のように静かで、俺はホールを回りながら、空いた皿を片付けていた。
カウンターには、百瀬さんが張り切って作りすぎたスイーツが山積みになっている。
いや、これどう考えても出し切れない量だろ……。
厨房にこもりっぱなしだった百瀬さんは、今は手持ち無沙汰になり、翔太と遥香と一緒に話し込んでいる。
……嫌な予感しかしない。
俺はグラスを拭く手を止めないようにしつつ、さりげなく耳をそばだてた。
「なあなあ、この前の学食での拓海の話、聞いた?」
翔太がニヤニヤとした顔で、既に爆笑の準備を整えている。
「え、何何? またお兄ちゃん、やらかしたの?」
遥香も目をキラキラさせて、話の続きを待っている。
「いや、もうな、学食で席探してウロウロしてたら、警備員さんに“何か問題でも?”って声かけられててん!」
「え〜! お兄ちゃん、もしかして“学食の不審者”としてマークされてるんじゃない!?」
「せやせや! あれはもう、“逃亡犯”かってくらい挙動不審やったわ!」
「ふふ、じゃあここでも“潜入カフェ店員”として使っちゃおうかしら? お客さんに“あの店員さん、なんか隠してる!”って思わせるのよ♪」
百瀬さんがウインクしながら言う。いや、なんの意味があるんだよ!
俺、ただ席を探してただけで……
心の中でツッコミを入れつつ、口には出せない。佐々木さんの視線が「黙ってなさい」と強烈に訴えてくる。
「あと、お兄ちゃん、家でもおかしいんだ〜」
遥香が身を乗り出してくる。おい、次は何の話だよ!?
「この前もさ、“あれ、何取りに来たんだっけ?”って言いながら、キッチンとリビングを3回も往復してたの!」
「それ、もはや“無限ループ”やん! 拓海、家の中でエンドレスしてどないすんねん!」
「だから私、思わず“お兄ちゃん、永久機関じゃん!”って言っちゃったんだよ〜!」
「ふふ、じゃあ、拓海くんには店内で“永遠にグラスを拭き続ける係”をお願いしようかしら? お客さんに“あれ、さっきも見た?”って思わせちゃうの♪」
いや、俺、バグったNPCじゃないから! 無限に同じ動きしないから!
「でもさ、拓海ってあれで意外とモテるよな?」
翔太がニヤニヤしながら、爆弾を投げ込むように話し出した。
「えっ、ウソ!? お兄ちゃんがモテるの!?」
遥香が驚きすぎて、ストローを吹き飛ばしかけている。
「せやで! 特にあの“結衣先輩”と普通に話せるって、大学じゃ結構有名やねん!」
「え、結衣さんって、あの“写真サークルの美人先輩”の?」
遥香の目が一瞬でキラキラしだした。やばい、これは間違いなく面倒な流れだ。
「結衣さんって、そんなに特別な人なの?」
百瀬さんも興味津々だ。
「めっちゃ特別やで! もう“大学のアイドル”みたいなもんや!“一緒に写真撮るだけでSNSのいいね爆増”するし、“一日一結衣”って言葉が生まれるくらいや!」
「なにそれ!? もはや“結衣さんはビタミン剤”みたいな扱いなの!?」
「しかも、普通の男子なら結衣先輩と話すだけで“言語機能が停止”するんやけど、拓海だけ普通に“おはようございます”とか言うねん!」
「お兄ちゃん、もしかして“結衣さん無効化スキル”持ってるのかな!」
遥香がニコニコしながら、新たな爆弾を投下する。
「あ、でも、お兄ちゃん、寝言でも“結衣さん”って言ってたんだよ〜」
「マ、マジか! どんなこと言ってたん!?」
翔太はすでにニヤニヤを超えて、笑いの準備万端だ。
「この前ね、“……結衣さん……そのエプロン姿……ズルいです……”って」
「ぶはっ!! な、何がズルいねん!? どんだけエプロン好きやねん!」
翔太はすでに爆笑モードに突入。ひとりだけ世界が違うテンションだ。
「ふふ、そんなにエプロンが素敵だったのね」
百瀬さんは品よく笑っているが、口元に手を当てて、目は楽しそうだ。
「お兄ちゃん、夢の中でも“エプロン評論家”してるのかな〜?」
遥香もくすくすと笑う。
いや、俺、エプロン評論家じゃないから!
夢の中でどんだけエプロン推してんだよ!?
「ほ、他の日は? まだあるやろ!?」
翔太は涙目になりながら、まだ笑う気満々だ。
「えへへ、別の日はね〜、“結衣さん……猫耳しっぽモードだったら最高ですね……”って!」
「ひゃははは!! も、モードって何!? ど、どこで設定すんねん!」
翔太は息が切れかけているのに、笑いは止まらない。
「お兄ちゃん、夢の中で“にゃんにゃん設定”してるのかも〜!」
「ふふ、じゃあ“猫耳モードパフェ”でも作っちゃおうかしら?」
いや、モードって言うな!
ていうか俺の夢、キャラメイク画面かなんかかよ!
「ま、まだまだあるやろ!? もっと聞かせてや!」
「うん、うん! あとはね、“結衣さん、そのエプロン姿素敵ですね……”って」
「エプロン、エプロン、またエプロンかい! どんだけエプロン中毒やねん!」
「ふふ、拓海くんには“エプロン大使”の称号をあげないとね」
やめてください! 俺、エプロンで何も成し遂げてないから!
「そういえば、バイトで寝落ちした時も……」
「バイトで寝落ち!? ひゃははは! いや、もうその時点でおもろいやん!」
翔太は椅子に座りながらも、体を折り曲げてひとりで大爆笑している。
もはや会話を聞いていなくても笑える段階だ。
「ふふ、その時も“結衣さん……パフェが……甘すぎます……”って」
「ひゃっ!? ひ、…ひゃひゃひゃ!」
「ぶふっ、お兄ちゃん、夢の中で“パフェ審査員”でもしてるのかな?」
いや、俺の夢、何でそんなに職業モード充実してんの!?
俺の恥ずかしさは限界を超え、自然と口から言葉が出た。
「や、やめろおおおおおお!!!」
店内が一瞬で静まり返る。
そして、静寂の中、ヒールの音がコツ、コツ、と響いてくる。
「……拓海くん」
冷たい声。振り返ると、佐々木さんが立っていた。
「ちょっと」
「ひ、ひぃぃぃぃぃ!」
俺は佐々木さんに腕を掴まれ、ズルズルと引きずられていく。
「た、拓海……ひゃははは! い、いってら〜!」
「お兄ちゃん、気をつけてね〜♪」
俺は無力に引きずられながら、心の中で小さく、現実逃避した。




