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 俺は佐々木さんに腕を掴まれ、ズルズルと屋上に引きずり出された。バタンとドアが閉まると、ひんやりとした風が頬を撫でる。


「拓海くん、あんたさぁ……自分の立場、わかってんのよね?」


 佐々木さんは、メモ帳を指でトントンと叩き、冷たい笑みを浮かべていた。「お仕置きメモ帳 Ver.2.0」と書かれた表紙がギラリと光る。バージョンアップしてる時点で、どんな恐ろしい機能が追加されたのか、想像したくもない。


「ご、ごめんなさい! でも俺、本当に何もしてないんです!」


「はぁ? あんた、いつまで“無限にグラスを拭き続けるNPC”でいるつもり? それとも“エプロン大使”として人生を終えたいの?」


「そ、そんなことは……!」


「バカねぇ、そんなことはどうでもいいのよ。私が言いたいのは、あんたの先輩、結衣さんを“お手伝い”としてカフェに呼びたいってこと」


「え、先輩を……お手伝いとしてですか?」


 佐々木さんはメモ帳をパラパラとめくり、得意げに大学生たちの噂話を読み上げる。


「結衣さんって、“自販機の当たりが出る率が異常に高い先輩”とか、“行列に並ぶと待ち時間が短くなる先輩”とか、そんな話を聞いたのよ」


「え、先輩、そんなにすごい人だったんですか……?」


「ほんと、あんたって鈍いわね。彼女がいるだけで“ラッキーオーラ”が広がるのよ。もし彼女が接客に立てば、お客さんは“なんか得した気分”になるし、店のイベントも“当たり”が続出するってことね」


「でも、先輩にそんなこと頼むのは……」


「ほら、これを見なさい」


 佐々木さんは、ポケットから「ボーナスメモ帳」を取り出した。「ボーナス支給!」「シフト希望全通し!」「全メニュー試食券!」と、夢のような特典が特大フォントで書かれている。


「成功したら、これ全部“ご褒美”としてあげてもいいのよ?」


「……でも、俺、そういうので動く人間じゃないです」


「意外と意志が固いのね。」


 佐々木さんは、メモ帳をパタンと閉じて俺をじっと見つめる。


「だって、先輩にはいつも助けてもらってますし……俺、巻き込んだりできないです」


「甘っちょろいわね。そしたらあんたが天堂アンリに接客するの? あの“カフェ界の絶対王者”に?」


「それは……」


「彼、SNSやブログでの影響力が絶大なのよ。彼に気に入られた店は、あっという間に“行列のできるカフェ”になるの」


「確かに……あの人、ただのカフェ好きってわけじゃないですよね」


「もし彼に“このカフェ、特別だ”なんて書かれたら、店の評価は一気に上がるわ。それに、彼とつながりができれば、個人としても“実績”になるのよ」


 佐々木さんの言葉は、まるで悪魔のささやき。いや、もはや“転職詐欺のセールストーク”にすら聞こえる。


 ———


『私、いつか自分のお店を持ちたいな……。誰かが笑顔になれる場所を作るのって素敵だよね』


 ———


 ふと、結衣さんが話していたことを思い出した。


「先輩……自分のお店を持ちたいって言ってました……」


「で?」


「学園祭でカフェを手伝った時も、すごく楽しそうで……“誰かを笑顔にできる場所を作りたい”って……」


「じゃあ、なおさらじゃない? 天堂アンリに“認められた”なんて実績になったら、彼女の夢にグッと近づくわよ」


「でも、先輩に無理をさせるのは……」


「無理じゃないのよ。“お手伝い”として来てもらえばいいの。あんたが“お願い”すれば、彼女も嫌な気持ちにはならないわ」


「お手伝いとして……」


 佐々木さんは、少しだけ優しい目をしてメモ帳をポケットにしまった。その手つきが、何か“爆弾のスイッチ”をしまい込むように見えたのは、気のせいではない。


「もしうまくいったら、“経費の中でやりくりして、ハワイ旅行を練ってあげてもいいわよ”」


「えっ、本当に!?」


「ふふ、まぁ、私の気分次第だけどね。でも、まずは“天堂アンリを満足させる”ことが条件よ?」


 俺は静かに息をつき、心を決めた。


「わかりました。俺、ちゃんと先輩にお願いしてみます!」


「いい子ね、拓海くん。もし失敗したら、“お仕置きメモ帳 Ver.2.0”の“倍返しシステム”を発動するけど……まぁ、頑張りなさい」


「ひぃぃぃぃ! 絶対に成功させます!」


 佐々木さんは「お仕置きメモ帳 Ver.2.0」をしまい、ポケットをポンと叩いた。


「それと、あんた。他のカフェの偵察もしてきなさい。」


「偵察ですか? でも、俺、接客してたほうが……」


「はぁ? 接客はこはるにでも任せておけばいいのよ。あんた、結構お客さんに好評じゃない? でも、それって逆に使えるわ。」


「使える……?」


「そうよ。“感じのいい店員”が他のカフェを見て回っても、怪しまれないでしょ? スパイ活動にうってつけじゃない。」


「いや、感じのいい人をスパイにするって、発想がハードボイルドすぎません?」


「何言ってんの。笑顔で情報収集してくるくらい、余裕でしょ? ほら、これを持っていきなさい。」


 渡されたのは、無地のメモ帳。


「……これ、何ですか?」


「偵察メモ帳よ。ちゃんと情報を記録しなさい。白紙で帰ってきたら、“お仕置きメモ帳”と決闘だからね。」


「メモ帳同士で決闘!? それ、文房具の抗争じゃないですか!」


「ふん、まあ、ちゃんと仕事してくれば、メモ帳に血は流れないわ。」


「……はい、わかりました。」


 俺はメモ帳を握りしめ、カフェを飛び出した。ドアを閉めた瞬間、佐々木さんの「ふふ、これでハワイも見えてきたわね」という不敵な笑い声が、風に乗って聞こえてきた。

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