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31 知らせ

 店内は、ひとしきり騒ぎも収まり、少しだけ平和な時間が流れていた。

 俺はホールを駆け回りながら、片付けと接客をこなしている。


 カウンター席では、遥香とこはるんがコソコソと話し合っていた。

 二人は仲良くメニューを見ながら、時折クスクスと笑っている。


「ねえ、はるかちゃん。佐々木さんって、やっぱりちょっと怖いよね……」


「うんうん、わかる〜! なんか、メモ帳持ってるだけで、もはや武器みたいに見えるよね」


「うん……。あのメモ帳、もしかして“デスノート”なんじゃ……」


 二人は「やだやだ〜!」と言いながら、ポンポンを小さく振って遊んでいる。

 なんだろう、この平和な光景……でも、内容はわりとブラックだぞ!?


「でもさ、佐々木さんって、意外と優しいところもありそうだよね?」


「うん、そうなの〜! こないだも、私がミスしたとき、メモ帳投げるの我慢してくれたし!」


 え、そこ優しさなの!? 基準がバグってない?


 俺は思わず内心でツッコミを入れる。

 佐々木さんの“優しさ”のライン、もはや“物理攻撃しないだけで褒められる”レベルなのか?


「でも、佐々木さんのメモ帳って、なんか謎だよね〜」


「うん、何が書いてあるんだろう……? もしかして、“お仕置きリスト”とか?」


「きゃー、怖い! 私の名前、載ってないよね!?」


「お、楽しそうやん! 何の話してるん?」


 翔太がいつの間にか混ざっていた。

 彼はコーヒーを片手に、にやにやと楽しげにしている。


「えへへ、佐々木さんのメモ帳って、実は“お仕置きの書”なんじゃないかって話をしてたの!」


「なんやそれ! そしたら、次メモ帳飛んできたら、ワイ“魔法防御”とか使わなあかんな!」


「え、魔法防御!? 翔太くん、使えるの?」


「うん、いけるで! たとえば“普通の笑顔”っていう、万能防御な!」


「え、普通の笑顔で防げるの!? じゃあ、私もやってみようかな……」


 こはるんが、ぎこちない笑顔を作る。

 その顔は、もはや“おびえた子ウサギ”のようだ。


「いやいや、こはるん、その笑顔じゃメモ帳加速するで!」


「ええ〜!? どうしよう、どうしよう……!」


「ふふ、じゃあ、みんなで“ポンポンバリア”しちゃおう!」


「おっ、それええやん! ワイもやるで〜!」


 三人はポンポンを振りながら「バリア! バリア!」と小声で唱えている。

 ……いや、ポンポンでバリアできるなら、俺も明日から盾代わりに持ち歩きたいわ。


 その時、店の奥からバタバタと足音が聞こえてきた。


「拓海くん! 大変、大変なのよ!」


 白鳥さんが顔を真っ赤にして走ってきた。

 その様子に、俺だけでなく、店内のお客さんも少しざわついている。


「ど、どうしたんですか? 火でも出ました?」


「火じゃないけど、ある意味火事よ! お客さんから聞いたんだけど……この商店街に、天堂アンリさんが来てるんだって!」


「て、天堂アンリ……?」


「だ、誰ですか? その人……」


 俺は首をかしげる。

 しかし、こちらを振り向いた遥香の目がキラリと輝いた。


「ま、まさか……あの! フランス、イタリア、アメリカとかの世界中のカフェを巡って、世界最高峰のエスプレッソから、砂漠のど真ん中のゲリラカフェまで体験してきた、カフェ界の伝説、天堂アンリさん!?」


「そう! その天堂さんよ! カフェ業界では“死神”って呼ばれてるのよ!」


「え、死神!? カフェにそんなダークなキャラ、存在するんか?」


「うん、一度批評したカフェは、その評価次第で繁盛店にもなるし、一瞬で潰れることもあるんだって!」


「うわ、マジで“死神”やん……てか、カフェ業界にも“ラスボス”おるんやな」


「えっと……その人、怖い人なの?」


 こはるんがポンポンを胸の前で握りしめ、小さく震えている。


「ううん、怖いっていうか……すごい人! でも、評価が厳しいんだって!」


「そ、そんな人がここに来るの……?」


「ふふ、これは楽しみね」


 いつの間にか、佐々木さんが背後に立っていた。

 その手には、普通のメモ帳——いや、普通のメモ帳であってくれよ!?


「さ、佐々木さん……どうします? 天堂さんが来たら……」


 俺の問いかけに、佐々木さんの手がピタリと止まった。


「……ふふ、どうしようかしらね」


 おい、まさかの“どうしよう”が返ってきたぞ!?


「う、うそ……佐々木さんでも、策なし……?」


 遥香も、ポンポンを握りしめて呟く。

 こはるんに至っては、もうポンポンを盾みたいに顔の前に構えている。


「み、みんな……落ち着いて……!」


 突如、店の奥から店長が出てきた。

 彼は額に汗を浮かべ、手には“開店以来一度も使ったことがない”非常ベルのリモコンを持っている。


「天堂さんが入店した瞬間……“全員退避”だ」


「それ、もう営業放棄してるじゃないですか!?」


「ふふ、何言ってるの。逃げるなんて、ありえないでしょ?」


 佐々木さんが、キッと店長を睨みつける。


「だって、私たちは“普通のカフェ”なんだから」


「そ、そうだよね……逃げるなんて私たちらしくないよね……」


 こはるんも、ポンポンを握りしめて無理やり笑顔を作っている。


 もはやポンポンは“安全祈願のお守り”みたいになっているぞ!


「だから、みんな普段通りにするの。……いいわね?」


「は、はいっ!」


 俺たちはピンと背筋を伸ばした。


 だが、店内に流れる空気は、まるで“最終決戦前”のような張り詰め方だった。


 ——嵐の前の静けさ。


 天堂アンリさんが来るか来ないか、それは“審判の日”を待つ、静かなカウントダウンのようだった。

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