28 試練
店内はイベントのお客さんで賑わい、俺はホールを駆け回っていた。今日はこのまま平和に終わりそうだ——なんて、甘い期待を抱いたのも束の間。
カラン、とドアベルが鳴った。
「おっ、ここが噂のカフェか!」
翔太だ。あいつが来ることは知っていたが、入店した瞬間、店内の空気が一気に変わった。
「いらっしゃいませ〜♪」
こはるんが、ポンポンを振りながら駆け寄っていく。
「うわ、めっちゃピュアやん! ワイ、拓海の友達の翔太! よろしくな!」
「こはるんです♪ たくみんのこと、これからもよろしくね!」
「せやけど、ほんまに君、キャストみたいやな。ポンポン似合いすぎやろ!」
「えへへ〜♪ ありがとう、お兄さん!」
「てか、そのポンポン、ワイにも貸してくれへん?」
「いいよ! ほら、どうぞ♪」
翔太はポンポンを受け取ると、軽快なステップを踏み始めた。
「たくみんもやろうよ!」
こはるんが俺に予備のポンポンを差し出す。
「いや、俺は接客中だから……」
「ほら、持ちな!」
翔太が強引に俺にポンポンを握らせた。
「ちょ、俺、本当に……」
「いけるいける! 足をクイッと回して、手はこうや!」
見よう見まねで踊ったが、俺の動きはピエロみたいにぎこちなかった。
「たくみん、面白い〜♪」
「いや、面白くない! 俺、仕事中だっての!」
「ほらほら、もっとノってこーや!」
翔太は完全にエンターテイナーと化し、ポンポンを振り回してステップを踏む。お客さんも「おお〜!」と盛り上がっていた。
——しかし、その騒がしさを切り裂くような、ピシッとした音が響いた。
「ちょっと! あんたたち、浮かれてんじゃないわよ!」
振り返ると、佐々木さんが腕を組んで冷たい目で睨んでいた。
「さ、佐々木さん……」
「何よ、まるで学芸会で先生に見つかった子みたいな顔して」
「いや、これは、その……お客さんを楽しませようと……」
「ふ〜ん? なら、もっと楽しくしてあげるわ♪」
ビュンッ!
俺の額に直撃するメモ帳。鋭い角が刺さり、目の前がチカチカする。
「いっ……痛い! え、これメモ帳!? 角、凶器みたいなんですけど!」
「そう、これは“お仕置きメモ帳”。一撃で“反省”を叩き込む特製よ」
「いや、そんな機能いらないです!」
「まだ口が動くのね。なら、これで黙らせてあげるわ」
バシッ! ドスッ!
メモ帳が俺の肩と腹に連続で命中。まるでレンガを投げつけられたような衝撃だ。
「う、うわっ……痛っ……」
「たったメモ帳三冊でこのザマ? ひ弱ねぇ、拓海」
「いや、普通はメモ帳でこんな痛い思いしないんですよ!」
「じゃあ、もっと“強化”した方がよかったかしら?」
佐々木さんがポケットから取り出したのは、ガムテープで固めた“メモ帳ブロック”。モーニングスターみたいにゴツゴツしている。
「いや、それもうメモ帳じゃなくて武器!」
「ねえ、翔太くん?」
「な、なんやねん……」
「さっき、楽しそうに踊ってたわよね? ほら、もう一回やってみなさいよ」
「え、ええ……? ほ、ほら、みんな〜! 盛り上がって……」
ブンッ!
「ぎゃっ!」
佐々木さんが“お仕置きブロック”を一閃。翔太の頭に直撃し、ポンポンがスローモーションで床に落ちる。彼の目は魂が抜けたように虚ろだった。
——だが、翔太はそこで終わらなかった。
「……ふっ、やりますね、佐々木さん」
「何よ、まだ口が動くの?」
「ワイ、どんだけやられても、笑顔は失わへんで! それが“エンターテイナー”の信念やからな!」
「エンターテイナー? あんた、何か勘違いしてるんじゃない?」
「いいや、ワイの辞書に“諦める”って言葉はないんですわ! ほら、お客さんも笑顔やん!」
周りのお客さんたちも、ハラハラしながらも興味津々に見ている。
「……ふん、いい度胸ね」
佐々木さんは一瞬だけ口元を緩めたが、すぐに厳しい目に戻した。
「じゃあ、次はこれでも笑ってみなさい」
彼女は“特製メモ帳スタンガン”をパチパチと鳴らしながら、じりじりと迫る。
「おっ、来るなら来いや! ワイ、笑顔で受け止めたるで!」
「……へえ、本当に言ったわね?」
バチン!
スタンガンが翔太の肩に直撃。彼はピクピクと痙攣しながら、口元を震わせ……。
「……う、うぇへへ……まだ、まだ笑顔や!」
「……バカね」
佐々木さんは、僅かに驚いた表情を見せたが、すぐにクスッと笑った。
「まあ、いいわ。せいぜいその笑顔、維持しなさいよ。いつまで続くか見ものね」
「もちろん! ワイの笑顔、永久保証やで!」
お客さんからは自然と拍手が沸き起こった。
「……やるじゃない、翔太」
佐々木さんが背を向けて去ると、翔太はバタリと崩れ落ちた。
「お、お前、すげぇな……」
「た、拓海……ワイ、電気って甘くないんやな……」
「いや、電気は普通甘くねえよ……」
俺たちは、痛みと疲れに耐えながらも、なぜか清々しい気持ちだった。
だが翔太が満足げに微笑む中、ふと俺はある違和感に気づく。
「あれ……こはるん、どこ行った?」
「え?」
周りを見渡しても、こはるんの姿はどこにもない。
「……もしかして、こはるん、逃げた?」
「馬鹿ね、あの子は“無邪気”を装った“知能犯”て訳。あんたたちだけが“ピエロ”になってるじゃない」
佐々木さんの冷たい声が、俺たちの心にズシンと響いた。
「……やられたな、翔太」
「せやな……ワイら、完全に“ピエロ”や……」




