27 白いシチュー
一瞬、店長の「え、ちょ、待って〜! 占いが……!」という悲しげな声が聞こえたが、次の瞬間、ドアが静かに閉まった。
「……これ、大丈夫ですよね?」
「……いや、どうだろうな」
黒崎さんが無表情のまま、遠い目をしている。
「店長、次に会うとき、無事でいてほしい……」
俺たちは心の中でそっと手を合わせた。
占いよりも何よりも、今の店長の運勢が一番心配だ。
そんなやり取りをしているうちに、ドアベルがチリンと鳴った。
「いらっしゃいませ〜!」
こはるんの元気な声で、ついにイベントが始まった。次々にお客さんが入ってきて、店内はすぐに賑やかになる。
「わぁ、可愛いお店ですね!」
「パフェ、すごく美味しそうです!」
百瀬さんが特製の「恋するベリーの誘惑パフェ」を運んでいくと、お客さんたちは目を輝かせた。
「ふふ、召し上がれ♪ 甘い夢に堕ちちゃってね」
「うわ、可愛い!インスタにあげよ〜!」
一瞬、お客さんが“堕ちる”とか言われて平気かなと思ったけど、今日は普通に受け入れられてる。恐るべし、インスタ映え効果。
白鳥さんは、ラテアートに美しい天使の羽を描いて、お客さんに提供する。
「すごい…飲むのがもったいない!」
「ねぇ、写真撮っていいですか?」
「ふふ、もちろん。ほら、可愛く撮ってね」
彼女は、まるで偶然のようにカップを傾け、ラテアートが一番映える角度を見せる。手際の良さに、周りのお客さんも次々に注文を増やしていった。
黒崎さんのサンドイッチも好評だった。お客さんたちはシンプルながらしっかりとした味わいに満足そうに頬張っている。
「サンドイッチ、美味しいです!」
「これ、意外と味わい深いね!」
黒崎さんが、湯気の立つ真っ白なシチューを運んできた。
「お待たせしました、シチューです」
「わぁ、美味しそう!どんなシチューですか?」
黒崎さんが無表情のまま、ぽつりとつぶやく。
「……これは、白い——」
「白いシチューです!」
こはるんが笑顔で即座に割り込んだ。
「シチューって白いのが普通だよね?」
「でも、ビーフシチューは茶色だし……?」
お客さんたちが首をかしげる中、こはるんはにこにこと頷いている。
「そうそう!特にミルク感が強くて、真っ白なんですよ〜♪」
黒崎さんは何かを察したように、静かに去っていった。
「すごく美味しいです!ミルクが濃厚で!」
「白いシチューって、こんなに美味しいんですね!」
——シチューの白さも、今日の盛況には何の影響もなかったようだ。
お客さんたちは、映えるスイーツも、美味しい料理とコーヒーも、楽しんでくれていた。
「ふふ、たくみん、今日は絶好調だね〜!」
こはるんが、笑顔でお客さんたちにお水を配りながら、こちらにウインクを飛ばしてくる。
「いや、逆に怖いんだけど! このまま何も起こらないでくれよ……」
「拓海くん、笑顔よ。お客さんに不安を与えたら、売上に影響が出るわ」
佐々木さんが、メモ帳を片手に、ピシッと指示を飛ばしてくる。
「は、はい! 笑顔、笑顔っと……」
俺はぎこちなく笑顔を作りながら、ドリンクをテーブルに運んでいく。お客さんも、「店員さん、感じがいいね」と言ってくれて、ちょっとだけ自信が湧いてきた。
「うん、いい感じだね〜。このままトラブルなく終われば最高だよ」
店長が、さっきまで佐々木さんに連れ去られていたとは思えない、のんびりした顔で戻ってきた。
「本当にこのまま何も起きないですよね? ね?」
俺が念を押すと、みんなが揃って「うん!」「ふふ♪」「……ああ」「もちろんよ」「当然でしょ」「大丈夫だよ〜」と、ほほ笑んだ。
——いや、待てよ。みんなが「大丈夫」って言うとき、だいたい何かが起きるんじゃ……?
そんな不安を感じながらも、店内のお客さんたちは笑顔でメニューを楽しんでいる。
俺は、このまま無事に終わることを祈るしかなかった。




