23 経費の恐怖
「まあまあ、今日はみんなで頑張ろうね! 佐々木さんも『赤字のバミューダ・トライアングルから抜け出すわよ!』って意気込んでたし」
「バミューダ・トライアングルって、どこかに消えるフラグじゃないですか!」
不安を拭いきれないまま、俺はスイーツコーナーへ向かった。
百瀬さんは、巨大なパフェグラスにカラフルなフルーツをぎっしり詰めていた。見た目は意外とまともだ。しかし、これまでの実績から、油断はできない。
「お、拓海くん、ちょうどいいところに来たわね」
「百瀬さん、今日はちゃんと…平和なスイーツですよね?」
「もちろんよ。佐々木さんに『経費を超えないように』って念を押されたからね」
百瀬さんは、ピンク色のクリームをていねいに絞り出していく。仕上げに小さなピンクの綿あめを乗せて、完成だ。
「今回は普通のイチゴパフェよ。でも、ちょっとしたサプライズがあるの」
「え、サプライズって…?」
百瀬さんはパフェに炭酸スプレーをシュッと吹きかけた。すると、パフェの上にある綿あめがゆっくりと溶け、中からメッセージが浮かび上がった。
「ほら、“あなたのハートにベリーキュン”って出るの。映えるでしょ?」
「キュンを演出しないでください! スイーツが恋愛シミュレーションみたいになってますけど!?」
「でも大丈夫、佐々木さんチェックも通ったから。『経費内でキュンできれば合格』って言われたわ」
「経費内のキュンって、もはや感情を予算管理するな!」
百瀬さんは「映え、映え〜♪」と口ずさみながら、次々とパフェを仕上げている。
インスタ映えの裏には、経理の恐怖が潜んでいるようだ。
次に、俺は厨房の奥へ向かった。黒崎さんは、いつものように包丁を握ってキャベツを切っていた。今日は包丁から黒い煙が出ていない。
「黒崎さん、今日はちゃんと安全な料理ですよね?」
「…佐々木から“血の気の少ない料理”を求められた」
「それ、ただの優しい意味ですよね? 物理的に血を抜く話じゃないですよね?」
「……ああ。ただ、今日はサンドイッチを作るだけだ」
黒崎さんが見せてくれたのは、驚くほどシンプルなサンドイッチだった。ハム、レタス、トマト、そしてパン。どこにも黒い煙も絶望もない。
「本当に、普通…ですね」
「……ただ、“絶望のシチュー”も仕込んでいる」
「結局絶望しちゃってるじゃないですか!」
「でも、今日はシチューを“ホワイトシチュー”にした。白い絶望だ」
「色で絶望を薄めるな! 絶望は色じゃ消えないから!」
黒崎さんは「……深いな」と感心したように頷きながら、手元のサンドイッチを黙々と作り続けた。
一通り店内を回り、俺はカウンターに戻った。佐々木さんはメモ帳を睨みつけている。
「どう? みんな、ちゃんと準備してるでしょ?」
「ええ、意外とまとも…じゃなくて、頑張ってます」
「でしょ? 私が『アイアンメイデン』の話をしたら、全員がやる気を出したわ」
「恐怖でやる気を引き出さないでください!」
「恐怖も経費も、使い方次第よ」
佐々木さんはハチマキをキュッと締め直し、俺に冷たい目を向けた。
「いい? 今日の目標は“インスタ映え”だけど、予算を超えた“映え”は許さないわ」
「了解です。でも、これ…なんか勝てそうな気がします!」
「ふん、当然よ。インスタ映えと経費のバランスを極めるのが私のやり方だから」
こうして、カフェ・オブ・レストの“インスタ映えスイーツフェア”は、インスタ映えの裏に隠された経費の恐怖とともに、着々と準備が進んでいった。




