第八節 それは、泡沫(うたかた)の
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子どもにはこの施設はあまりに広かった。
僕は、救世院、という子どもの為の施設を探検することにした。誰が僕を引き取るのかは、まだ決まりそうにない。それでも、この生活に不自由は感じないし、できれば一生続いて欲しいとさえ思っている。
さて、探検するといってもここに連れてこられて数週間、さすがにだいたいの構造は覚えてしまった。だから、これからするのは『宝探し』だ。一つ一つの部屋をのぞいてどんな物があるのかを探していくのだ。
そうして、いちばん気に入った宝物を見つけたら、そこで探検はお終い。見つけた宝物は独占しちゃいけない。使われているときが物が一番輝いているときだし、その価値は周りに知られないと評価されない。
気づいたときには、延々とそんな一人遊びをし続けていて、僕の中ではいちばんお気に入りの遊びだ。
多分、髭もじゃのおじさんからほめられたり、白衣のお姉さんに感心されたり、何より、他の遊びと違って怒られることが無かったからだと思う。お母さんとお父さん、二人の働いていた所は、とても面白い人達が居た場所でもあった。
(――わ、ダメダメ。こんな事考えたら)
「鋼君?どうしたの?」
ほら、やっぱり。
声をかけてきたのは、この施設の院長さん。
なんでも、不幸な事故で娘さんを亡くしたらしく、夫にも先立たれてからは夫の遺産を切り崩しながらこの施設を運営する、自称『薄情な女』だ。ずっとお世話になるのではない、一時預かりという立場の僕に重い家庭事情を話したりするあたり、少なくとも変わった人ではあると思う。
「男の子だからって、泣き顔は見せないなんて意地張っちゃだめよ?人間、悲しい時は泣くし、苦しい時は助けを求めちゃうんだから」
「ううん、大丈夫。楽しいこと思い出してただけだから」
嘘では、ない。真っ白な服を着た大人たちは普段難しそうな顔をしていたけど、僕が何か気になったことを訊ねると、何度もつっかえながら、子供の僕にもわかるように説明してくれたものだ。
……それを思うと、常に難しそうな顔してたような気がしてきた。
「それなら良いんだけどねぇ……みんなと遊ばないのかい?」
「大丈夫だって。院の中を探検しても良いですか?」
あんまり遅くならないならね、と許可を得て、廊下を駆け出す。
「――コレッ、走るんじゃないよ」
「ぴっ!」
スパァン、と良い音を響かせながらとがめられた。ちょ、直前まで足音も聞こえなかったのに、スリッパで頭を叩かれてるのは何でですか?
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「つまんない」
だいたい一時間ぐらいたった頃だろうか、僕は思わず文句を言ってしまった。古びたコーヒーメーカーとか、今時珍しい、リモコンではなく本体に付いたダイヤルでチャンネルを合わせるテレビとか、見つけても本当に価値の見いだせないガラクタしかないのだ。
違うんだ。僕がしたいのはそういう事じゃない。
(あそこは本当にすごい所だったんだな……)
記憶を漁れば、有害な物質がでる実験で使うドラフトだとか、遠心分離機だとか、ビーカー、フラスコ、その他様々な実験器具でいっぱいだった。いろんな実験器具に囲まれて過ごしたけど、それがおよそ一般的な子供の生活じゃない事ぐらいは、なんとなくわかっているつもりだった。
泣き叫んでもかえってこない事もわかる。そんな生活をしていた過去は、いずれ『普通』に流されて消えてしまうのだ。
「悲しい時は泣くし、苦しい時は助けを求める、か……」
院長先生の言ったとおりだ。あるいは、彼女自身が経験した悲しみにもとづいた経験則かもしれない。何であの人が、『薄情』だなんて自称するのか、見当も付かない。
歩いていくうちに、よく見慣れた廊下に出てきた。僕の自室の近くだ。
小学生になると二、三人の相部屋でベッドや勉強机を備えた自室を用意され、そこで学ぶことができるらしい。ただ、今の僕には机は邪魔なだけだ。
というのも、火災が起きたとき、隣接していた私立小学校も全焼し、教職員と放課後に残っていた生徒たちが犠牲になっていた。何を隠そう、この全焼した校舎こそ僕の通っていた学校だ。この遺産騒動で保護者が決まらないせいか、公立の学校に通うこともできていない。
(何も見つけてないけど、これ以上はムダかな?)
失望は感じる。でもこればっかりはどうしようもない。大人しくリビングに――
(――あっ)
そう思ったさなか、ある人を見つけて、僕は駆け出した。でも、相手は僕がそちらへ向かってくることがわかると、一目散に逃げ出した。
「まっ、待って!!」
ひるがえった銀の長髪が尻尾のようになびく。その後ろを僕が追いかける。彼女は、同い年で男の僕から見ても背が高い。つまりは歩幅もそれだけ大きいのだけど――
「捕まえた」
「っ!!」
――あっさりと捕まえることができた。
まあ、この点については僕が特別速いのではなく、彼女が足を小さな歩幅でちょこちょことしか動かしていないだけだ。せっかくのアドバンテージを全く生かしていなかった。
「……はなして」
……当然と言えば当然だけど、初めて聞いた彼女の声は、僕を拒絶する物だった。しかも耳を近づけなければ聞こえないような、小さく、か細いもの。
一瞬見えた表情も、くりっとした、というよりは恐怖で見開かれたダークブラウンの瞳と、早熟な整った顔立ちが今にも泣きそうに歪んでいた。
つまるところ、徹底的に嫌われた。間違いなく。
「――やっ……!」
「わっ、ちょっ――」
思わず緩んだ手を振り払って、やっぱりあの小さな歩幅で走り去っていった。追いかけるのは簡単だけど、僕は立ち尽くすだけだった。
――まさか追いかけたところで、君を僕の宝物にしたい、なんて言えるわけない。断じてない。
お父さん、お母さん。人を宝『物』扱いする僕は、もしかしなくても最低なんじゃないでしょうか。
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「う、っぐ……」
唐突に、夢は終わるものだ。
鋼は瞼を隔てて感じる陽光で意識を取り戻した。遅れて、左手から鈍い痛みを感じる。それは脈動と共にジクジクと痛んだ。夢のせいで胸も痛いが。
「本当、妙なところで……」
「――――目は覚めたようですね」
声がしたほうに首を向ける。そこには見知った顔があった。
「キール、さん」
「実に三ヶ月ぶり、短剣に名前を刻んで以来ですね。彼女に何されていたかは分かりかねますが、もっと頻繁に顔を出して欲しいですね」
おかげで駆り出されたではありませんか、とぼやく彼の出で立ちは私服、つまり非番だったことを意味していた。
「……なんか、すみません」
「いえ、命に別状がなくてよかったです。少々不格好ですが、左腕はそのままにしてくださいね。
痛みなどは?」
我慢できないほどではないと伝えると、彼はようやく口を閉じた。焦ると饒舌になるらしいとは、ミーシアの言だ。
不格好と言われた左腕は、見覚えがある形に膨らんでいた。手首付近で十字をかたどるその形は、どう見ても剣で、鋼が持つ剣よりも幾分細身だ。
「これ、子鬼が持ってた……」
「ええ、応急処置はしっかり行われていたようです。防具は破損しましたが、安静にすれば腕も元通りになりますよ」
吹き飛ばされたことが幸いしたらしい。普通に受け止めればつぶれたトマトかピューレと言ったところか。少なくとも命はない。
背中から打ち付けられたが、マントと剣がうまく守ってくれたらしい。半身不随、ということもなく、怪我さえ治れば問題なく動けそうだ。
「あまり危ないことはしてはいけませんよ?
なぜ奴が『初心者殺し』と呼ばれるのか、知らないわけではないでしょう」
うっ、と何もいえなくなる鋼。
大鬼はその巨体故か、森に住む魔物の中では圧倒的に数が少ない。そしてそれは、相対的に出会いにくいことを意味している。
だが、一度出会えば、その様は暴力の化身。狙った獲物は逃さず、埒外のスタミナと強大な膂力であらゆる障害をなぎ倒す。頑健さは群を抜き、首を切り落とされてなお抵抗し、全滅の憂き目にあったパーティーの訓話は有名だ。
「――なんで生きてるのかな?」
「すぐにミーシア様が大鬼を捕縛して、最低限の処置をしてからここにつれてきたそうです」
それができるだけの実力がある、ということだ。初めて出会った時、そして模擬戦と、彼女の実力の一端を見てきたが、大鬼の動きを縛るほどとなると、どれだけ差があるのだろうか。
鋼が内心でミーシアの実力におののいていると、キールはおもむろに袋を取り出した。
「また今回のような事になられては困りますから。まあ、餞別代わりです」
受け取りなさい、と強い口調で押しつけた。魔道具の素材として使われる魔導金属で編まれたそれは、魔力を外に逃さない性質を持つ。
俗に言う、魔核入れだった。
「ちょ、これ高いんじゃ……」
「死なれては困りますからね。そんなに気になるなら自分で稼ぎなさい。お金ならそのときに返せばいい」
確かに、これがあれば魔力に惹かれてくる魔物から身を守ることができる。だが、最高級の神聖銀製の魔核入れの金額など、何時になれば返せるのだろうか。
「それでは、私は失礼します。痛み止めはここに置いておきますね」
キールはそう言って、部屋を後にした。
一人残された鋼。この腕ではやれることも少ない。
意識を体の内に向け、魔力を生成する。今はなにより、少しでも早く復帰したかった。
(いくら何でも、すぐには治らないか……)
いくら強化術という便利な代物があっても、限界はある。少なくとも、骨折を瞬時に治療する事はできず、少しでも治りを早くするためには薬を使うしかない。この世界では、薬は魔力と共に使うのが普通であり、高級な薬品とはすなわち、魔力との親和性が高いものであった。
つまり、この痛み止めもまた、魔力でその効力を上げられるはずだ。薬包紙に包まれたそれを、右手で水差しに混ぜ、一気にあおる。やがて効き目が出たのか、苦痛が和らぎ、かわりに睡魔が顔を出した。
(ちゃんと、謝んなくちゃ――)
その相手は誰なのか、夢の欠片がまどろんだ意識に溶け、鋼は洋上をたゆたうかのような心地よい疲労に身を任せた。
*
その怒号は誰の物だろうか。
「――――――っ!?」
身体強化さえ使いながら跳ね起きた鋼は、転がるようにしてベッドから這い出た。ゆっくりと立ち上がり、再び痛む左腕を庇いながら部屋を出た。窓の外は、すっかりと夜の帳が降りていた。
ここは互助会の二階、職員用の仮眠室を使っていたらしい。硬直したようにうまく動かない身体に苛つきながら、一歩ずつ、踏みしめていく。
喧騒は、下から聞こえてきた。
「――――で、んなことしてんだよ!」
「うるさいな、こっちも――」
一度、歩みを止める。喧騒の中心、その片割れは、ミーシアだ。
「知るかっ!てめぇ、自分が何したか分かってんのか!?」
喧騒、というと語弊がある。これは、詰問。
「ボクにはボクの方針がある。確かに今回は、ボクの監督不十分だったろうけど――」
節々が軋む音がさえ聞こえる気がしながら、やっとの事で階段前まできた。その段になって、鋼は彼女がどんな内容で詰問されているのかを理解した。わからないはずもない、自身のことだ。
「この卑怯者!!戦場を引っかき回した後は、その後継者づくりか!?」
「……やめなよ、そんなつもりはない」
やけに敵視するな、と思う。戦場に、後継者。
「そのためなら何でもするんだろ!?えっ?
なにせ、お前は――――『味方殺し』だもんなぁ!」




