第九節 似たもの親子
――――。
音が消えた。
そう錯覚する程、衝撃的だった。
どれほど立ち尽くしていただろうか。漸く歩を進めたのは、二人の間で何かの書類が交わされた後だった。
「――あっ、ハガネ!?」
驚愕の声を上げたミーシア。相対するのは、神経質そうな見た目の青年だった。
「……あんたが、件の少年か」
値踏みするような目で無遠慮に見つめる青年。腰に下げた剣が、彼の職業をものがたる。
「傭兵さんが、なんのようですか」
「ふん、義理でも親が親なら子供も子供、って事か」
こちらを小馬鹿にするように吐き捨てた青年。その瞳には、隠しきれない侮蔑と憎しみが写し出されていた。
「……何の、話ですか」
「得体の知れねえ奴に拾われた哀れなガキを、コッチ側に引き戻してやろうと思った訳よ。……しっかし、分不相応な相手に挑んで死にかけるたぁ、とんだ馬鹿野郎だな」
語る青年の顔には、弱者をいたぶる暗い愉悦さえ浮かんでいた。
「――――」
強ばる身体を引きずるようにして、階下へ下りる。
青年の横を抜けて、二人の中心、カウンターに叩きつけられた申請用紙を手にとる。
「親権、委譲……」
「ああ、あとはお前がサインすれば」
――この魔女の支配から逃れられる
彼は酷薄に告げた。
すでに親権保持者の名前として、ミーシアの名前が見覚えのある筆跡で記されていた。
「……」
彼女は目を閉じて何も語らない。
「さあ、書けよ。こいつの筆跡で名前が書いてるんだ、その意味が分からない訳ないだろ?」
ゾクリ、と背筋が寒くなるような感覚に、カッと頭に湧き上がった熱。その怒りは、誰に対するものか。
かたわらには羽ペンとインク壷がある。
そして、男のにやついた顔も。
壷から、ゆっくりとペンを抜き――――――
その先で、壷をひっくり返した。
「――はぁ?」
黒く染まった用紙を目にして、男は瞠目する。ミーシアもまた、驚愕の表情で見つめていた。
「これが、僕の答えです。
――行こう、ミーシア」
制止の声を強引に振り払って互助会の出口に向かう。
ミーシアは外にでるまで、何も言わなかった。
*
「――事情を、話してくれるかな」
宿の部屋でミーシアと向き合い、まずはそう切り出した。
「……まあ、よくある事だよ。ボクはハガネの養い親としての能力に、疑問を持たれたんだ」
養子制度は一定の審査基準が設けられており、それらに抵触した場合、養い親を変えられる事があるという。
とはいえミーシアに過失はあったものの、本来なら問いつめられることもないはずなのだ。話がややこしくなったのは、あの青年が突っかかってきたからだ。
「狩人であり、傭兵でもあるからね。商売敵も多いって事」
絶対にそれだけでは無いだろう。薄々――いや、本当は始めから感づいては居たのだ。
「ミーシア、いったい何を隠しているの?」
問われた彼女は、一度目を見開き――やがて諦めたように息を吐いた。
「やっぱり、わかっちゃうか……」
そうこぼす彼女はどこか淋しそうだ。
「ミーシアは、楽しそうにこの世界の事を教えてくれたよね」
「うん」
「本当にきれいで、優しい世界。でも、それだけじゃ無いよね」
「――うん」
彼女が三ヶ月の間に語ってくれた数々の秘境や雄大な景色。恐らく、ミーシアは鋼にドゥニアムンドのマイナスイメージをもって欲しくなかったのだろう。
「――僕を拾ったのが打算でも良い。本当の事を教えてくれるかな?
……僕は」
――ちゃんとこの世界を見ているのかい
「ちゃんと、受け止めるから」
鋼がミーシアについていけたのも、彼女の愛情がよく現れていたからだ。
破天荒のように見えて、他人に迷惑がかかるようなことだけは、絶対にしなかった。
「でも――」
なおも渋るミーシア。鋼はちょうど彼女の見た目ぐらいの少女にするように、頭に手をおいて、
「その前に、これは邪魔だ」
――感じていた違和の正体に向けて魔法を使う。
「―――――」
我に返ったように、ぱちくりとまばたきを繰り返すミーシアとは反対に、鋼の顔は歪む。
――本当に、馬鹿にして――
静かに、怒りを燃やす。彼女らしくない行動の最たるもの、あの書類のサインはからくりが有ったのだ。
――精神操作系の固有魔法――
あの青年が、終始にたにたと嫌らしい笑みを浮かべていた理由だろう。
「……驚いたな、それがハガネの魔法?」
やがて、状況を理解したらしいミーシア。
「いつから気づいてたの?」
「僕にもその魔法を使われたみたいだから。再構成って魔法に対する感覚も強化されるみたい」
だが、一瞬飲まれかけた。ミーシアに対して、確かに湧き上がった怒り。恐らく彼の魔法は、対象の冷静さを失わせる類の物だろう。
「彼、そんな大それた魔法持ってなかったはずだけどね?」
「隠してたんだ。多分、外聞が悪いから」
見栄っ張り、という評価を追加する。鋼の心証は最悪である。
「うん、まあ、あれだ。迷惑かけたね、ハガネ」
そして、ありがとう。そう言ってミーシアは頭を下げる。
「僕も、ゴメン。ずっと、焦ってたんだ。この世界には僕が探している人がいるかもしれないって」
荷物から取り出した小物入れを開ける。中から表れた銀髪の少女。
元の世界の事からここに来るまでの状況、捜し求める少女について。鋼は、そのすべてを語り出した。
*
そうして語り終えたあと、義母は
「うぇぇ……」
見た目どうりの幼子のように泣いていた。
「いや、なんでミーシアが泣くのさ!?」
「だって、ハガネは天涯孤独ってことでしょ?いいじゃん感情移入しても!」
駄々っ子同然だった。
しばらく泣きたいようにさせて、落ち着いた頃を見計らって声をかける。
「それで、ミーシアはどうなの?」
こちらの身の上は話した。ならば次は彼女の番だ。
「うん。ごめんね、ちょっとシンパシーて言うか、ボクの境遇とも被るところがあると言うかでさ」
「……?
どういうこと?」
そこで一度、ミーシアは言葉を切る。少し言いづらそうだったが、意を決したように続きを話す。
「ボクも両親を喪った、ということだよ。
……住んでいた村ごとね」
*
ミーシアは五歳か六歳頃までは長閑な村で過ごしていたらしい。村の有力農民の娘として育ち、周りよりある程度裕福な生活。多少のやっかみは有ったものの、健やかに育つ少女。彼女は無邪気に、この生活が永遠のものだと信じ込んでいた。
「あまり魔物が出ない地域だったのか、魔物の絶対数の少ないエンヴィーサ大陸の田舎だったのかもしれない。
いずれにしても、ボクたちは忘れるべきじゃなかったんだ。この世界の永遠の脅威を」
大量発生した魔物の群に、村は為す術もなく飲み込まれた。どうにか逃げおおせた彼女は、商人の馬車を見つけ、忍び込んだという。
「まさか、馬車の持ち主が奴隷商人とは思ってなかったけどね」
「――奴隷」
鋼のイメージは理不尽に虐げられ、人権を無視した過酷な強制労働をさせられるヒエラルキーの最低辺に追いやられた人々といったものだ。
「誤解しないで欲しいけど、奴隷制度は故郷を失ったりして、生計を立てられなくなった人が財力を持つ人に雇われることで、当面の生活が成り立つようになってるし、事実そうした使われ方がほとんどだ。
――まあ、ボクがこれから話すのは、残念ながら悪いほうの使われ方だけどね」
あえなく捕まった彼女は、各地を転々としながら、様々な仕事を経験したらしい。しかし、そのことごとくが違法で過酷なものだった。
およそ五年後、隙を見て逃げることができたミーシアは、同時期に発現した固有魔法をもって探求者となり、
「今に至る、と。もっと細かいこというと、どんどん時間が無くなるから、今はこれぐらいだね」
「まだだよ」
話を切ろうとするミーシアを遮って鋼は問う。
「まだあの人がとった態度の理由が語られてないよ」
その半生は、確かに蔑む理由にはなるかも知れない。ただ、憎む理由にはならない。
「……察しの通り、ボクは逃亡奴隷だと知られているけど、それは大きな問題にはならないんだ。
あんな風に怨まれている原因は、戦場での出来事だろうね」
とある国で貴族同士の権力争いが発生し、二つの家の折り合いが悪くなった。領地が隣どうしである事も災いし、何十年ものあいだ小競り合いが起き続け、両家の争いが常態化した頃、それは起きた。
きっかけは本当に小さなものだったらしい。だがその結果、領民は互いに憎み合い、その憎しみは近年まれにみる大戦という形で現れた。ミーシアが訪れたのは、そんなときだった。
「その頃ボクは路銀が尽きて困っていてね。桁を一つか二つ間違えてるんじゃないか、という報酬に釣られてその戦いに臨んだんだ。
……今思えば、貴族達はもうマトモじゃ無かったのかも知れないね。戦いは、ほとんど総力戦の様相だったよ」
そんな中、彼女は部隊を二つに分け、敵部隊を挟撃するという作戦に参加した。戦術的に見てもそう悪くない作戦だ。
ただし、両軍がまったく同じ作戦を採用したとなると話は別だった。
「指揮官は伝令の報告を受けると、ボクらにはただ一言、突撃を命じた。彼は味方が挟撃されて混戦状態だったことを知っていたのに、虎の子の騎士を引き上げて傭兵に任せたのさ」
戦線を引き下げるわけにはいかなかったのだろう。だが戦場に置き去りにされた傭兵たちにとってはたまったものではない。
大半の傭兵が逃げ出し、残った者も多くが戦死した。ミーシアは若くして一部隊を任された、その矜持と報酬をささえに味方を鼓舞し自らも刃を振るった。だが明確な指揮系統を失い士気も最低な軍の、なんと脆いことか。戦友たちが倒れていくなか、彼女はただ一人になっても戦い続けた。
「今あの時と同じ事をしろ、って言われても無理だ、としか言いようがないね。間違いなく死ねる。
でも、結果的に言えばボクは死ななかった。剣が折れれば戦場で拾い、無ければ槍で、それも無ければ斧で、近場に無ければ体術で。気が付くとあの場で立っていた人間は、ボク一人だったんだ」
そうして雇い主の元まで帰還したミーシアだったが、もらえた報酬は雀の涙だった。指揮官は「傭兵ミーシアの独断専行」と虚偽の報告をしていた。
「しかもまあ、ご丁寧に領地内で仕事ができないように、各方面にあることないこと吹き込んでね。それによると、ボクは報酬欲しさに味方のことごとくを戦死させ、あまつさえ色仕掛けで報酬を水増しした悪女、らしいよ?」
一方で、生き残った傭兵たちは彼女の戦いぶりを恐れ、畏敬の念を込めてこう呼んだ。
「『千刃』。数多の武器を用い、その身を一片の隙もない千の刃とする者なり、とね」
*
長い語りが終わり、時間はすでに深夜を示していた。
「……つまりさ」
鋼はおもむろに口を開く。
「あの傭兵は根も葉もないうわさを信じて、ミーシアに強く当たってきた、ってこと?」
「うん、そうなるね」
あっさりと首肯する当事者。
「――そんなくだらない理由で……」
「ま、人間そんなものだよ。真実よりもっともらしい噂のほうを好むのかもしれないね」
辛気くさい話は終わりっ、とミーシアが宣言する。
「ねぇ」
だが、鋼が聞きたいことはもう一つある。
「僕を拾った時の打算、ってなに?」
ミーシアはこっちを見て、それから上を向いてしばらく唸りだした。が、ふたたびこちらに顔を向けると、ニカッと笑って、
「教えない!」
拒否で答えた。
「そ、それはないよ!?」
「へっへ~ん、先ずは自分で考えな!」
「そんなの分かる訳ないじゃん!?」
「ほれ、寝る準備!!」
「ぷぎッ!」
顔面に叩きつけられた枕が痛い。だが、楽しい。そんなことを思う鋼。
騒ぐ二人の間には、気まずさも遠慮もなかった。仲のいい兄妹のように楽しげな声があがり続けた。
「それっ!」
「――っ!!!?!!」
「うわっ、ちょ、大丈夫?」
それこそ、怪我を忘れるほどに。
プロローグを修正しました。大筋に影響はありませんが、よければご覧ください。




