第五節 修行と魔力
『メティス草採取』
推奨総合評価:F
必須資格:なし
買い取り価格:10株ごとに70ディール
生息地:マルジャの森中部
備考:常駐依頼、採取後三日以内に納品すること
「どれぐらい難しい依頼なの?」
「鼻歌交じりに終わらせるぐらい。ほんとは別の依頼のついでにやったり、商隊について移動するついでにやるやつだよ」
常駐依頼だからね、と続けるミーシアは慣れた手つきで身支度をする。その量は日帰りできる依頼にしては随分多い。
「……天幕なんてどうして持って行くの?」
「そりゃ勿論、泊まりがけだからさ」
「一泊二日で?何でわざわざ?」
「ほら、準備する!武器や防具も!」
強引に話を進める。こうなるともう止まらないだろう。おとなしく装備を調えていく。鉄鋼でできた胸当てと脚甲を取り出し、
「――付け方が……」
「そこからかぁ」
ミーシアに手伝ってもらい、準備を進める。指先が露出した革の籠手に腕を通し、額を守る鉢金を巻く。紋章の短剣は右脚の太腿にベルトで固定し、左腰に片手剣を佩く。後ろ腰に鉈を下げて、テントの骨組みやシートを纏めて肩に担ぎ、その他細々とした物を背嚢に入れる。
「重っ」
「じゃあ出発!!」
「待って、ミーシア!!あえてスルーしてたけどこの量はやっぱり可笑しいって!?」
同じだけの荷物を持ち、しかし全くよろけることもなく歩く見た目幼女は、非力な現代っ子の懇願を黙殺するばかりか、
「行かないなら置いてくよ。旅をしなくても、この街に定住するならこんな荷物必要無いのも事実だしね」
そう言って突き放す。彼女は鋼の事情を知らない。彼女も本人が嫌がるならここで講義を止めただろう。だからこそ、
「そう言う、訳にはっ……!」
鋼もやめるわけにはいかなかった。
*
マルジャの森は鋼がこの世界で初めて見たジャングルとは違い、小動物が多い、穏やかな雰囲気の森であった。城壁を出て一時間弱、鬱蒼とした草木を鉈で切り払いながら進む二人。
ミーシア曰わく、
「警戒する相手が動物や魔物なら、慣れない警戒は却って初動の遅れを生むだけさ。それならいっそ、大きな音を立てた方が猛獣は寄りつきにくいし、何より常に武器が手元にある状態だ。不意の遭遇でも振り回すなり投げ飛ばすなりで気をそらせることができれば儲け物、一撃与えればそのまま仕留められる可能性もあるんだ」
ということらしい。それがどこまで正しいかはわからなかったが、それなりに説得力はあるように聞こえる。
しかし、それ以外の装備重量はゆうに数十キロはある。そろそろ目的地に着かなければ何もする前に潰れてしまいそうだ。
「このあたりだね。ハガネ、荷物を下ろそう」
「――はぁっ、はぁっ、着いたっ、の?」
「周りに人もいないし、ちょうどいいね」
目的地に着いたらしい。少し開けた場所で、下草も少なく、ミーシアはさっそくテントを広げ始める。
「ハガネは剣を出して素振りしててね。っと、その前に……」
腰から鞘ごと剣を奪い、刀身を引き出ししばらく難しい顔をしたかと思うと、やがて表情を緩めて、
「よし、指示通り買ってきたみたいだね。自分に釣り合わないような代物を持ってくるのかとヒヤヒヤしたよ」
そのまま笑みを浮かべたのであった。
*
買い物メモで唯一、多少金がかかっても調達するように、と指示されていた武器は彼女なりのポイントも同時に記されていた。
第一に丈夫であること。ある程度戦争も起こるこの世界では、対人向きの武器と硬い甲殻を持つ魔物を相手にするための武器の二種類がある。尤も、明確な違いはないために各人が好みや癖を把握しながら選んでいくのだという。だが、魔物を相手にするならば刃としての機能を犠牲にしてでも、丈夫であることに越したことはない。
第二になるべく取り回しが利くこと。単純に長い剣は相応に重量があり、扱いも難しくなるために初心者には不向きと断じられた。
以上を総合して、鍛冶屋の店主と相談しながら鋼が吟味して選んだ物は剣。
「…………260、261、262」
それも肉厚で幅が広い、刀身が比較的短い代物だ。斬るというより叩き潰すといった形で、丈夫さだけが取り柄のような剣。しかし、その切っ先は細く鋭い。
地球における古代ローマの剣によく似たその剣は、かつては二種類の鉄を用いて作られた点まで一致している。
この世界の鍛冶技術は決して低くはない。鋼鉄は広く使われ、さらに異世界ならではの特殊な金属も存在する。地球では使われなくなったこの剣も、鉄製から鋼鉄製になり、様々な改良を施され、なお使い続けられている。名のある大国でも、兵士たちに支給する正式装備として愛される歩兵用長剣なのだ。
「まあ、男の子はもっと大きな武器を使いたがるものだけどね。あっ、動きが早い、十回追加ね」
「――280、そりゃないよ、281、ミーシアっ、282……」
「身体の動きを探りながら、300回。何よりも丁寧に動かすこと。少しでもボクが雑な動きだと思ったら、そのたびに十回追加。始めてすぐくらいにも二回ぐらい怪しかったから330回。ほら、後四十回♪」
150を越えたあたりから苦行に思えた鋼は友人と鍛冶屋の店主の蘊蓄を思い出し、つらつらと頭の中で回想し、集中を乱した状態であった。彼女の指摘に我に返った鋼は慌てて集中し直す。
剣を振り下ろし、一定の場所で止める。体幹がぶれないように注意し、全身の動きを意識する。
ミーシアによれば、魔力の運用のコツは平行作業をひたすら突き詰めることらしい。そもそも、魔力とは精神力と生命力が融合した力であると考えられている。そしてその融合のバランスは、通常生命力に比重が置かれているという。理由は不明だが、容易に補給できる生命力は無意識に軽視しているのでは、というものが通説だという。すなわち、無意識下ではどう頑張っても効率化が難しいということだ。
余談だが、魔力欠乏による飢餓状態では気絶を伴いやすいのは、精神力の消耗が関わっているという。
話は逸れたが、魔力欠乏を防止するには二つの方法がある。
魔力を精製する際に、精神力と生命力をある一定の割合で融合させること。更に必要な部位に必要なだけ、魔力を供給する事である。
「――311っ、312っ、313っ、……!!」
生命力に比重が置かれた魔力は、魔力の純度が低くなる。本来精製された魔力は精神力と生命力が一定の割合で融合した分だけしか生まれない。にもかかわらず、余分な生命力を無理やり混ぜようとすればどうなるか。
身近な物を例に挙げよう。インクと水を用意し、水に一滴、二滴と垂らしてみる。インクは水の中で靄のように蠢き、やがて完全に混ざって綺麗な色合いの水となる。ここでのインクが精神力で水は生命力、色は何でもいいが、どす黒いようにも見えたインクが光に透けて美しい色を露わとした姿、それが一定の割合で混ざった魔力だ。試験管に入った水に一滴、または小さなビーカーに二滴ぐらいなら美しい色を見せるだろう。だが、たらい一杯の水に一滴のインクを垂らしたところで大した変化は望めない。多すぎる生命力に希釈された魔力はその分だけ量を必要とする。
結果的に劣る質を量でカバーするために、生命力が先に底をつき、大した現象も起こせぬまま起きあがるのも容易でないほどの飢餓に襲われる事になるのだ。
魔力は常に身体を巡っている訳ではない。必要に応じて都度合成するものだ。鋼が突然魔力の存在に気づいたのも、魔力に触れその合成法を朧気に理解したためだ。
「――330っ!!終わった……」
「お疲れ、次魔力の練り方を教えてから素振り百回ね」
「……」
身体を動かしながら、その動きを意識して修正する。その一連の動作ができるようになれば、魔力の精製も同時に行う。上手く精製できるようになればその先に、という形で訓練は続く。ただ、
「……鬼」
ミーシアの教えは、スパルタだ。
*
魔力合成のメカニズムが判明したのは最近のことで、現在は極限られた範囲でしか認知されていない。
こういった最新技術が供給されやすい組織の一つが狩人互助会だ。勿論、貢献度が高い者に限るが、時に機密性の高い情報に触れることがままある。どのように使うかはその人間によるが、悪用したり現在の統治体制に悪影響を及ぼそうとしたものはろくなことになっていないという噂が流れている。
「まあ、今はそんなこと関係ないけどね」
そんな恐ろしい話をした当人はこの通りである。
今、鋼は魔力を精製する練習をしている。精神力も生命力も、最初は漠然としか感じることはできなかったが、試しに普通に魔力を作ってみたところ、両方の力の出所を探り当てることに成功し、その濃度の調節につとめることができた。
「まさかこんなにすぐできるとは思ってなかったけどね……ハガネって要領いい方?」
「少なくとも、見た目の割にすごい体力だとか、普段ポヤポヤしてる割に頭の回転は速いなとか言われたことはあるけど」
そう、鋼は言わば『できる子』だった。決して筋力が高いわけではなく頭も突出して良いわけではない。だが、線の細い体からは想像できないほどのスタミナがあり、蓄えた知識から必要な情報を引き出すのも早かった。
ある程度の社交性もあり、友達は多い方だろう。尤も、その顔立ち故に友人は圧倒的に女子が多かったし、数少ない男子の友人はオタクが多かった。彼らに言わせれば、マニアックな話題でもとりあえず合わせてくれる鋼は良き理解者であり、女子に近づく数少ないチャンスととらえられ、彼女らに言わせれば、イジりがいがあるマスコットで一部倒錯した趣味の少女は男子の友人とで掛け算をしたりと、
「あれ?客観的に見たらマトモな友達がいない!?」
「ハガネ……ドゥニアムンドではマトモな友達、作ろっか」
おかーさん心配よ、と泣き真似する少女。
「でもミーシアも怖がられてたよね?」
「――――」
テーブル代わりの切り株を挟んで押し黙る二人。
「――さて、魔法を使わなくてもボクらが魔物を倒すことができる理由だけど……」
(ごまかした)
だが、話題自体は興味深かった。
精製した魔力は融合炉と呼ばれる器官――存在は確認されておらず、便宜上そう呼ばれている架空の器官――に留まる。留まっている間、身体のどこかに魔力を移せばその部分の働きを強化できるのだ。
皮膚を強化すればその弾力と硬度が増し、切り傷や衝撃に強くなる。
筋肉を強化すればその部位の筋力や瞬発力が高くなる。
目を強化すれば視力が良くなり、周りを認識する力が高くなる。
また、魔力を別の形で使う方法がある。
「これが所謂魔法と呼ばれるもの、特別な意味を持つ言葉や神様からの贈り物に導かれて現実を改ざんする力さ」
彼女は厳かに告げる。身体能力を強化する、内側で完結する力を外界を改変するために使う。故に世界からの修正力が働き、違和感として受け取るのだという。
「今は強化術を中心に学んでいけばいいさ、なかなかこれも大変なんだよ」
そう促され、まず魔力の精製から始める。血流に乗って流れる活力を心臓付近に集め、自分の意識の裏側に存在する力をスポイトで吸い取るイメージで。
――精神力をインクに例えたわけだが、なるほど言い得て妙だ。粘性があるように感じるそれを生命力で薄める。動きやすくなった魔力を血流に載せて体の各所へ運ぶことで強化術は行使できる。
そうしてまずは目を強化する。急に周りが明るくなった感覚と共に色彩が鮮やかになる。おそらく、網膜がより光に反応するようになり、ピントを調節する筋肉が強化されたためだろう。動体視力はどうだろうか。
おもむろに小石を掴み取り、投げ上げる。高さも距離もばらばらに飛んだそれらの数を数える。
(――26)
ぱらぱらと切り株の上に落ちた小石の数も、ぴったり26個。
本当はもっと複雑な方法で計測すべきなのだろうが、鋼にとってはこれでも十分強化された実感がある。
「――理解した?」
「うん、少しは。でも、今度はこれを動きながらやるんだよね?」
いまだ魔力の生成もぎこちなく、ムラもある。当然、理想は常に一定の濃度で生成して体の各部位に無駄なく送ることだ。
「まあ、これから精進するんだね。ぶっちゃけ、始めからここまでできるとは思ってなかったし」
「感覚が大事だよね、これ。平行作業、て言うけどかなり難しいよ」
「話ながらでもちゃんと維持してよ?今、魔力散らしたでしょ」
バレていた。今日のところは本格的な修行に入れそうにはない。
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