第二節 生活の基盤
「――ハガネ、ねぇ……ちょっと格好変えれば女の子にも見えそうだね」
助けてもらった相手に、当然の礼儀として名前を名乗った鋼。少女の反応に鋼は憤慨で返す。
「一応、男ですよ。よく言われますけど」
「アレ?怒った?ボクもよく酒場なんか行ったら『ガキはこんな所にくんじゃねぇ』って言われてさ」
どうもその見た目で苦労したようだが、ならば実年齢はいくつだろうか。その考えを見透かしたらしく、
「知りたい?」
「えっと……はい」
「なんと、この見た目で二十一さ!若々しいだろう?」
普通、女性にこんな質問をすれば怒られると思ったのだが、そんな様子は見られない。むしろ、若くみられると喜んでさえいる。
「そう言えばまだ名乗ってなかったね。ボクはミーシア。こんななりだけど、一応探求者だ」
「エクスプローラ?」
「うん?知らないの?」
これはまずい。まさか異世界からやってきたと正直に言うわけにはいかないだろうと思い、答えに窮していると、
「無理に答えなくてもいいよ。言いたくないことだってあるだろうし、君の服をみればどこからきたか予想はつくよ」
ミーシアによると、別の世界からと思われる物が流れ着いてくる事があるそうだ。それらを“漂着物”と呼び、保護するのが探求者の仕事の一つだという。
「変わってるけどみたことあるなと思えばその服、“漂着物”その物じゃん?ほら、今の技術じゃ作れないほど精巧な物品で保存の魔法がかかってないやつ」
漂着物は必ず国が預かり、専ら研究に使われるため一般に出回ることはない。それを日常的に身につけることができる存在、つまり異世界の人間であると判断したらしい。
「君の場合、漂着物ではなくて“漂着者”かな?」
そう冗談めかして言うと屈託なく笑う。明るく、表情豊かなミーシアの様子は、鋼にこの世界に歓迎されていると感じさせ、思わず安堵のため息をつく。
「となると、こっちはハガネが何も知らないという前提で話さなきゃいけないかな?」
「助かります。何をするにも、ここで暮らさなければいけないようですから」
空を見上げた時に見つけた大地や、四つある太陽。ここが異世界であることは最早疑いようがない。
「まあ言ってしまえば、全部で七つの大陸があってうち三つが空に浮いてる、あとは大陸ごとに国が平均で二つか三つ有るのが特徴かな」
「って、待って待って、教え方雑じゃない?」
「だって、これからやることいっぱいあるんだもん。生活手段を確立しないと生きていけないよ?」
事実ではある。今の鋼は全くの異分子で、その身を保証する物がない。
「ハガネはこの世界で何かしたいことはあるかい?」
その質問は鋼にここに来た経緯を思い出させた。
「――この世界を旅して、元の世界に帰る方法を探します」
当面はこれでいい。彼女がここにいる確証はないが、帰還手段を優先すればいざというときに対応できるし、運が良ければその過程で合流できるかもしれない。問題は、
「旅をするなら、戦う術が必要だよ?ハガネはあまり鍛えてるように見えないけど、大丈夫?」
この世界があまりに危険だということだ。これには、あらかじめ決めていたことがある。
鋼はあらためて少女――本人の申告通りなら妙齢の女性に向き合う。
「ミーシア」
「――うん」
雰囲気の変化を感じ、ミーシアも表情を引き締める。渇いた喉を唾液でむりやり潤し、口を開く。
「僕に剣を教えてください!この世界で生きる術を教えてください!――僕には、どうしてもそれが必要なんです!!」
「うん、いいよ」
「軽っ!?」
「元々そのつもりだったし?」
ハッハッハッ、と朗らかな声。決意も覚悟も、全部まとめて押し流されていく。ため息をつきながら鋼もほんの少し、笑っていた。
*
四大陸の一つ、グラトニール。
世界の食糧庫ともいわれるほど肥沃な土地を持ち、また広大なこの大陸の南端に位置する王国の名はメイジアと言い、鋼たちがいるのはその王都・メイジスである。
ボロボロの服から着替えて街へ出た鋼は、まずはこの世界で生活するためにある程度自由で、そこそこ稼げる職業がないかミーシアに聞くと狩人はどうかと答えが返ってきた。
狩人という名前だが、この世界では少し事情があって動物を狩って生計を立てるわけではないそうだ。
「まぁ魔物や動物の皮やら骨やらといったものを集めて換金したりするから、あまり区別しないけどね」
もうひとつ候補として挙がったのは傭兵だ。しかし、こちらは純粋な武力を売りとする職業なのであまりおすすめできないという。
「ハガネは腕も細っこいし、少なくともいますぐは無理だね」
それでも自衛用や剥ぎ取り用に短剣は用意した方がいいけどねと続けるミーシア。ちなみに、同じ屋根で生活するのに敬語はおかしい!と断言され、お互いにタメ口である。異論は認められなかった。
「ミーシアが言ってた探求者は?」
「ああ、職業というより称号みたいなもんだよ、あれは」
狩人も傭兵も、もとは同じ職業としていた時代があったらしい。だが、いつしか特殊な技能は狩人、武力は傭兵と二分され運営組織ごと分割されたそうだ。今でも難易度の低い素材は傭兵が取ってきて狩人互助会が買い取り、逆に稀少素材を採る際の護衛として狩人が傭兵互助会に依頼を出すことがある。
「特殊な技能?」
「魔物には核と呼ばれる宝石みたいなものがあるんだ。これがまた壊れやすくてねぇ、いまだに貴重なものなのさ。あと、植物なんかも採り方次第で毒性を持つ薬草だとか、まあいろいろあるのさ」
そういった物はある程度の知識と経験が必要だ。そこで一つの組織に似た技能を持つ人間を集め、集団で高めあう事で効率化を図ろうとした。その組織こそ互助会である。
「ま、どっちになるにしてもライセンスは取っといた方がいいよ。出入国が楽になるから」
それぞれの互助会に所属する事の証明書、それがライセンスだ。ご機嫌な様子で歩くミーシアに、慌ててついていく鋼。
「その前にミーシア」
――翻るスカート
「ん、なんだい?」
ほとんど白くなった黒髪に栄える大きな飾り紐を揺らして叫ぶ。
「どうして女物の服なんですか!!」
堪えきれず爆笑する全ての元凶を睨みつける。
悲しいかな、今の姿ではちっとも迫力が無いことに気づかない鋼は、ミーシアの笑いをさらに誘うばかりだった。
*
「いやぁ、ごめんごめん、あんまりにも似合いすぎてたものだからついあれもこれもってなってしまってねぇ」
「……全然反省してねぇ」
「そんな口調もできたんだね、ハガネ」
大発見とばかりに笑うミーシア。やはり反省の色はなかった。
あれから、服を買い揃える時も少女とみられ、悪乗りしたミーシアがいわゆるゴスロリ調のドレスを持ってきて着せようとした。せっかく男物の服を持って試着――まさかそんな文化まで有るとは思っていなかった――しようとして試着室で服を脱いだら、かごの中にはワンピース。もちろんミーシアの仕業だ。おまけにことごとく丈が短い物ばかりだった。
「そりゃ口調も荒れるってもんですよ。いつまで笑ってるんだよ……」
「ごめん、まじめに話そうか。ハガネはこれからボクが身分を保障する事になる。異世界ではどうだったかは知らないけど、意外と天涯孤独な子供だとか、故郷を失った人とかは多いんだ」
そういった人々の行き着く先は明るくない。近隣の村に住ませてもらえるなら良い方で、下手に都市に流れてくればスラム行きは免れず、生きるため物乞いやスリなどで生活するしかなくなる。最悪の場合、犯罪組織に目を付けられて大きな罪を犯す事もあり、イメージに違わず住民からの風当たりも強い。
そんな中、ミーシアいわくもっとも幸運なのが有力なパトロンを得て生活する場合だという。
ミーシアはそこまで話すと、屋台を廻って行こうと言いだした。
「さっきも言ったけど、この大陸は食べ物がおいしいんだ。きっとハガネも気に入ってくれると思うんだ!」
「あの……もし村にも町にもたどりつかなかったら?」
「ほら、これこれ!液状羽鳥とクリスピーマッシュの串焼きだよ!この正反対な食感が病みつきになるんだ」
鋼の質問を露骨に無視するミーシア。屋台にむかい、串焼きを確保しようとしている。質問に答える気は無さそうだ。
「おっちゃん、それ二つちょうだい」
「あいよ!って、ミーシアじゃないか!どうだ、仕事は順調か?」
「あはは、死んでなきゃ順調だってことで」
「ちげぇねぇ!んで、うしろのやつは?」
気づかれた。鋼もそれに応える。
「鋼といいます。ミーシアさんには危ないところを助けていただきました」
名字は名乗らない。この世界ではファミリーネームを持つのは貴族だけらしく、迂闊に名乗るわけにはいかないのだ。
「ハガネ、か……聞いたことねぇ響きだが、どこの出身だ?」
「ダッツの旦那、あんまり詮索しちゃだめだよ。それより、く・し・や・き、くださいな」
おっといけねぇ、とどうやらダッツというらしい店主が鳥肉と茸が刺さった串を炭火にかける。しばらくして、鳥肉から肉汁が滴り、ダッツがタレを塗る。
「じゃあ、少し離れてろよ」
そう言いながら取り出したのは、金属でできた筒状の物体。そこからつきだした細い筒を串焼きに向けると、その筒に魔力が注がれる。
「わぁ!相変わらず豪快だね」
筒から噴き出す炎。青くて暗いその色は炎が完全燃焼していることを示していた。
地球でいうガスバーナーといったところだろう。
「二本で値段は460ディールだ」
「はいはい♪ハガネもほら」
そう、魔法の炎だ。この世界で初めて見た魔法。そして、それをもって殺そうとした存在。自分が殺した。仮にもヒトガタのそれを。
「ハガネ?」
現実に引き戻される。慌てて取り繕うと、
「って、熱っ!?」
「あ、ごめん火傷してない?」
「ミーシア、串で突っつかないで!」
再び敢行されたいたずらに悶絶する鋼。さすがにミーシアもやり過ぎたとは思っているようだ。
騒いでいる間に鋼は質問しようとした疑問も、かつての地獄の風景も脳裏から消え去っていった。
*
串焼きを頬張る。まずはよく脂がのった鳥肉、液状羽鳥の肉の味を堪能する。歯を立てた瞬間から溢れ出す旨味と、マシュマロのように柔らかい食感。
「ねぇ、ハガネ?」
その次に刺さったクリスピーマッシュはサクリとした食感。淡泊な味わいの茸をコーティングするタレは甘辛く、炙ることでできた焦げ目が香ばしい。
「えっと……怒ってる?ねぇ、怒ってる?」
串焼きに集中する鋼に声をかけるミーシア。彼女に向き合った鋼は、
「じゃあ、狩人互助会に向かいましょうか」
「ヒィ!?やっぱり怒ってる!ごめんなさい!!」
笑顔だが、目が笑ってない。
謝り倒すミーシアを尻目に、鋼は街を見渡す。石造りの街並みに三十メートルは有ろうかという巨大な城壁、遠くに見える青を基調とした立派な屋根は王城だろう。道中、ミーシアから城壁が魔物の攻撃に備えて作られたものだと聞いていたが、なるほど、確かに圧巻な光景だ。
道行く人々を観察すると、まず目に飛び込むのは色とりどりな髪色だ。思えばダッツも、禿げ上がってはいたがわずかに残った髪はくすんだ赤色をしていたのを思い出す。
「あっ、ほら!ここが狩人互助会だよ!さあ早く中に入ろう?ね!?」
しばらく続いた沈黙に、ついに耐えられなくなったミーシアが鋼の手を引いて歩く。目的地に着いたのも事実らしい。緑色の屋根、ハンターギルドと書かれた看板には、狼と弓矢が開いた本の上に描かれた紋章が添えられている。
鋼はごく自然に看板が読めたことに微妙な気持ちになりながら、ミーシアの後に続いて建物の中に入るのであった。
評価・感想宜しくお願いします。




