第十四節 傭兵の備え
「うーん……」
鋼がその知らせを見たとき、ただきたか、と事実をそのままに受け止めるだけだった。
「今まで大きな危険がなかっただけに、余計に被害が広がったんだね。大鬼が出たと聞いても、危険性を認識してなかったのかも」
ミーシアは辛辣に述べる。大きな危険が無いからこそ、首都として栄えたのだが、今回はその弊害が現れたといっても良い。
「マルジャの森、完全封鎖。死者・行方不明者多数につき、平時よりも危険と判断。……私も、少々遅かったのではと思いますがね」
一方、キールは沈痛な面持ちで言った。
行方が分からなくなった者の中には彼の知り合いも居たのだという。
「いい場所だったんだけどなぁ……」
「ここが使えないとなると――これからどうしよう」
森が立ち入り禁止になるということは、鍛錬する場所が無くなってしまったということでもある。
ミーシアはしばらく唸っていたが、やおら顔を上げると、
「まあ良い機会だし、街の広場でも使うようにしよう。そろそろ、自分が人の中でどれぐらいの強さか、知りたいんじゃないかい?」
そう言い放ったのだった。
◇ ◇ ◇
王都北西部――貴族街が有る北部に程近いこの地域は、ひっそりと隠れるようにスラム街を形成している。
それというのも、数年前まで貴族の間で多数の屋敷を持つことがステータスとして、建築ラッシュが起きていたのだという。
しかし、維持・管理にかかるコストが膨大化し、後に手放す者が続出。別荘地として栄えた北西部は一気に無人となった。
また、管理人として雇用された人間が一斉に解雇されたために失業者も多数発生。結果――
「見た目だけはキレイな貧民街が出来上がったわけだ」
ミーシアが言うとおり、通りを歩く限りは小綺麗で南側の街並みよりも洗練された印象すら有る。
しかし、道を歩く人間はほとんど居らず、見かけてもその顔は暗い。建ち並ぶ屋敷に目を向ければ、本来美しいはずの庭の木々は無残に枯れ果て、あるいは野放図に伸びきって見る影もない。
こういった事態に対応する組織はないのか。鋼がそう尋ねると、
「誰が進んで奴隷に身を落とすのか、ということになるね。もしくは傭兵や狩人になるか」
自ら奴隷として売り込み、十分に稼いでから自身を買い上げる。――実に困難な話であった。
「ついでに言うと、貴族が造らせた屋敷には宝飾品で豪勢に飾った物があるんだ。引き上げるときに大半は回収されたんだけどね、今でも残った物があるんじゃないかと侵入を繰り返すようでね――」
そう言いながらミーシアは立ち止まり、
「――例えば、これがそうだ」
ミーシアが見上げる方向には、屋敷が――それも、もはや廃墟と呼ぶべき有り様で存在していた。
侵入を拒むための塀はほとんど崩れ落ち、前庭が露出している。その庭に残る噴水からは宝飾を施していたのであろう、それと分かる位置が虚ろに窪んでおり、噴水跡のそばには台座らしきものが横倒しになっている。こちらには彫像が設置されていたのだろうか。
建物に目を向ければ、その有様はさらに悲惨なものとなる。首のない胸像に、引き裂かれた絨毯。中に入っていないのにそれらが見えるということは、扉すらないということだった。
「さあ、少しだけお掃除しよう。ここがこれからの修行場になるからね」
そう言うとミーシアは、鉈を使って背丈の高い雑草を刈り取っていく。鋼は少し迷い、一つ息をついてから手伝い始めた。
しかし、刈り始めてからすぐ、鋼はこれらの雑草が数ヶ月以内に刈られたばかりであることに気づく。
「――廃墟に目を付けたのは、何も物盗りだけじゃない。街中の、誰も通らないような場所の広場なんて都合のいい所を見逃す傭兵はいないってこと」
鋼の様子を察知したミーシアはその疑問に答える。
鍛錬の為とはいえ、街中で武器をふるうという行為はあらぬ誤解を周囲に招く。人通りが無く、十分なスペースが開いている場所は傭兵たちにとっては常に探し求める場所である。
「ということで、そのうち同業もやってくるだろうし、早いとこ整えてしまおう」
「――うん」
草刈りは、その日の昼前には終わった。始めに見たときは、たった二人で終わらせることができるか微妙だったが、途中、暇を持て余した傭兵たちがやってきて、草刈りを手伝ってくれたのだった。
「ありがとうございます。ハウマンさん」
「おう、良いってことよ!俺らだって暇してんだからな」
むしろ何で誘わなかったんだ、と一仕事終えた彼らは思い思いに過ごし出す。
昼食のために廃墟から出て行く者。
あるいは軽食などを持ち寄ってその場で昼食とする者。
気の早い者は、銘々得物を取り出して素振りを始める者まで居る。
「――さて、始めようか」
「うん」
鋼とミーシアは、気の早い者に含まれていた。
◇ ◇ ◇
「――驚いたな、こりゃ……」
その場にいる傭兵たちの思いを、ハウマンのつぶやきが代弁していた。
目の前で繰り広げられている激闘は、歓声すらあげられないほど彼らに衝撃を与えていた。
少年と少女。少女の方が優勢のまま戦いが展開するのは、分かる。彼女の実力を疑う者はこの場には一人たりとも存在しないからだ。
問題なのは、それに食らいつく少年だ。これが尋常の師弟対決ならさほど違和感はない。
相対するミーシアが、その実力を遺憾なく発揮していなければ、の話である。
ミーシアは、少なくともこの場に居る傭兵たちが見たことがない、本気の一端をみせている。実際のところ、彼女の実力を疑っていた人間は、その光景を見て考えを改めたという方が正しい。
彼女の実力引き出すような一段上の実力を持つのは、歴戦の戦士ではなく、剣を執って半年あまりの少年だ。自分たちがそれぐらいの時なら、どうだっただろうか?
――傭兵たちの目に浮かぶ様々な感情のまなざし。
二人は、それを受けてなおも剣をあわせる。
一方は不適に笑い。
もう一方は歯を食いしばりながら。
「――そこっ、!」
一瞬の隙をついた一閃。鋼が繰り出した木剣はミーシアに届かず。
「甘い、よっ!」
鋼の回避を読んだ、的確な突き。腕の伸びきった隙をつこうにも、引き戻しが早く、攻めきれない。
ミーシアの戦い方は、かなり計算づくだ。
相手の動きを見切り、回避してもその先がミ彼女の可殺範囲。息つく暇もなく剣戟が襲いかかる。
対する鋼は、専守防衛。決して守りを崩さず、正面からぶつかることはなく。
ミーシアに回避先を誘導されても、その姿勢を崩さない。ミーシア仕込みの予測困難な軌道を描く剣筋は、攻防一体の剣技として見事に昇華していた。
――――だが、相手がそれを熟知していては、意味は薄い。
反撃の一振り、半身になってかわされたその剣を、ミーシアは自らの剣で絡め取る。
「――――ッ!」
対処する暇など与えられるはずもなく。
首筋に突きつけられた木剣に、鋼は自らの敗北を認めざるをえない。
「やれやれ、ずいぶん手こずるようになったよ」
「それ、はっ……褒めてるん、だよね?」
息も絶え絶えに鋼は言い、ミーシアの苦笑を誘う。
「――みんな情けない顔してる。年下に負けたくないなら、そう言えば良いじゃないか」
ミーシアの挑発にしばらく絶句し――――気づけばほとんどの傭兵が打ち合いに参加してきた。
鋼と剣を交える者が居れば、ミーシアに手合わせを請う者も居る。待ち時間ができれば、互いの武を競い合う。
皆、嫉妬の念が無いと言えば嘘になる。だが武器を携え、わざわざ拠点から遠い北西部へと集う人間に、向上心を持たない者はいない。むしろこのような機会は二度と無いかもしれないという思いが彼らをさらなる修練へと追いやる。
そんな中で、鋼は確かに強い部類に入った。二十人程度ではあるが、全員の動きのクセや特徴をつかみ、己の技術へと昇華させていく鋼であったが、それに触発されて――あるいは気を良くして――次々と技を試し、工夫していく。そこから鋼もまた学び……と、果てはない。
「――うむ、また一段と動きが良くなったな」
それでも彼はこの場では最強ではない。ミーシアを始め、鋼を打ち負かす傭兵も多い。
この男性もそうだ。戦闘スタイルは徒手空拳。大柄で見事に鍛え上げられた肉体は、しかし無駄な筋肉は一切ついていない。事実、体格に恵まれながらも、巨体からは想像できない俊敏性で、剣を使う鋼を幾度と無く地に落とした。
(この見た目で、柔術使いとか……)
最初は向かう鋼を受け流して足を払われて。
今などは背負い投げで背中から地面にたたきつけられて仰臥、完全に技ありだ。
「わざわざケガしないように気を使われているのが、さらににくい……」
「なに、大人が殺す気でかかってしまってはその時点で負けみたいなものさ」
この男性もまた、固有魔法を操るという。だからこそ彼は徒手空拳で魔物と立ち会うことができる。
とはいえ、人相手に本気で投げたりしては首を折って死んでしまうだろう。魔物を倒せるのだ、ましてや相手が人ではなおのことである。固有魔法を扱う以上、その制御は万全にしなければならない、というのが男性の言い分であった。
「それよりも、ハガネ君は足元がおろそかにしがちのようだね?走り込みはしているかい?」
「いえ、まぁ……あまりやってきていませんでしたが」
「ふむ……」
彼は少し考えると、ちょうど手があいたミーシアを呼びつけた。
「なんだい、ウィニー?」
「ミーシアよ、おぬし弟子にどんな指導をしてきたのだ?足腰は拳闘士にとって重要な要素だが、剣士とて例外ではあるまい」
鋭い攻撃はしっかりとした土台から生まれる。ウィニーと呼ばれた男はそう語ってみせた。
実際、彼の体は拳闘に特化しているのだろう。筋肉の付き方からして周りとは異なる。柔軟性を失わず、それでいて技を最大限に生かしきるような、無駄のないもの。武術の術理を理解し、その術理に体を合わせてきたような鍛え方だった。
対して、ミーシアは常に相手の初動をとらえるように鋼を鍛えた。究極的には相手の行動を抑え、敵を意のままに操る戦闘法だ。実現すれば自分は一歩も動かずに勝利することも容易い、というのがミーシアの言だ。
まともな武術を教わったわけではなく、単純な力押しで戦い続けることができなかったミーシアは、自身の手札を増やすことで状況に対処してきた。それでこれまで生きてこれたのは、彼女の卓抜した戦闘勘によるものが大きい。最初から、真似できるようなものではなかったのだ。
「それっておかしくない?ハガネは充分以上にやれてるよ?」
ミーシアは、鋼の上達速度の異常さを知っている。彼ならば自分の戦闘技術のすべてを身につけることさえ可能だと、本気で考えているのだ。
「――そうだな、基本的な技術はこの場にいる傭兵の中でもトップクラスだ。だけど、それがコイツにあっているかと言われれば話は別だ」
体格、重心に筋肉量。
個々人で異なるはずのこれらの要素を鋼は全く考慮せず、すべて教わったとおり、忠実に再現していた。
「まずハガネ君とミーシアは体格が大きく違うだろう?小柄なミーシアが素早さで翻弄するのと同じようにはいかないはずだ」
そう言われては、二人に反論の材料はない。基礎となる筋力は鍛えているが、脚はあまり重要視していなかったのだから、当然である。
「かといって、一人で走るというのも心細いだろう?ミーシア、おぬしも共に走ろう!」
「ちょ、やだよ!いくら何でもこれからは――」
「良い考えだな!何なら俺らもやるぞ!!」
「「「応ッ!!!」」」
「どうして、こういう時だけ妙に結託するのかな!?」
ハウマンが音頭をとれば、他の傭兵がそれに応える。もう一度述べるが、この場にいる傭兵は、みんな高い向上心を持っているのだ。
鋼は、ふたたびウィニーの方をみる。
「よろしくお願いします。ウィニアンさん」
「止してくれ、俺は家名が嫌いでね」
この大男は、その独特の戦い方から二つ名を付けられた傭兵であり、
「ウィニアン・アレクサンダーと呼ばれるより、鉄拳のウィニーと呼ばれる方が、俺という人間をよく表していると思わないかい?」
家を出奔した、貴族であった。
◇ ◇ ◇
人々の生活はあまり変わらなかったものの、魔物の脅威という不安は経済を中心に、確実に広まっていった。国や互助会は、事態の早期収束を図って精力的に働き、何度も討伐隊を送り出すことになる。
互助会はこれを強制依頼として扱い、滞在中の《千刃》や《鉄拳》といった二つ名持ちをはじめとした最大戦力を森へ送り込んだ。
鋼はその間、体を鍛え、模擬戦を重ねて技を磨いた。それ以外のことは、努めて考えないようにした。
共に走るという約束ははじめの一週間だけ達成された。それ以後は二人とも忙しくなり、鋼はハウマンをはじめとする居残った傭兵と共に走った。その間だけは何もかも忘れることができた。
不安や焦燥といった、言いようのない感覚を。
――――それは後から思えば、悪い予感だったのだろう。
程なくして、鋼は『鉄拳とその小隊が接敵し、壊滅した』という報せを受けた。




