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そうして彼は、世界を滅ぼす  作者: 大滝小山
一章 異界の鋼
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第十三節 邂逅、介抱、ひとかたけ

「えっと……大丈夫?」

「……そう、見えるかい?」


 言わずもがな、である。

 酔っぱらいの定番、二日酔いに倒れたミーシアは鋼を恨みがましくにらむ。


「だいたい、どうしてハガネはぴんぴんしてるんだよ…… 先につぶれたのそっちなのにぃ」

「――そう言われても」


 鋼の方が知りたい。酔いつぶれて抱えられて帰ってきたのに、夜が明けてみれば本人は何ともなく、自分の足で帰ってきたミーシアがこの通り二日酔いで起きあがれないのだ。


「まあ、未成年に無理やり呑ませた報いとしては妥当なのかな……?」

「やっぱり覚えてたぁ……」


 因果応報。鋼としてはとても擁護できない。ましてや本来の自分の姿がコレだと思うと、尚更だ。


「ところで、修練の方は――」

「……いや、無理。今日は自主練で」


 さすがにだいぶ参っているようだった。


 そんな朝を迎え、この世界に来て以来、ほぼ初めての何をするのも自由な時間を得た鋼だったが、


(すること、無いなぁ……)


 元の世界ではどうしていただろうか、と考えて早々に打ち切った。ゲームなどここにはないし、友人もいない。


(友達、かぁ)


 ミーシアはこの世界で新たな友人を作るといい、と言っていたが、その機会を与えていないのもまた彼女だ。

 危険がある以上、仕方がないとはいえ、これまで体を鍛えたり知識を蓄え実戦したりといったことばかりで交流することはほとんど無かった。そう思うと、自分には足りないものが多すぎる。愛理にしたって本当にこの世界にいるかは怪しい。


(万一のために、元の世界に戻る手段も考えなきゃ)


 それは初めてこの世界での危機を乗り越えたときにも決意した計画だった。今は実行するには実力が足りない――。


 そんなことを思いながら町をふらついていると、いつの間にか様々な出店が並ぶ通りにでた。どうやら商人街区に出てきたらしい。


(と言うことは…… 今はこの辺りか)


 ミーシアに連れ回される内に出来上がった地図を思い浮かべ、いま居る場所に見当をつける。この近辺に薬屋の店がでているはずだ。鋼の目的には、一応合致していた。


 ◇ ◇ ◇


 薬屋を後にした鋼は満足げだった。溜まり気味だった薬草納品の報酬を使って少々懐が寂しいが必要経費だ。

 そんな風に自己弁護をしながら町を練り歩く。思えば、半年以上もこの街に滞在しているのだ。それはそのまま、鋼がこの不思議な世界で過ごしてきた期間を示している。


「ずいぶん遠くまで来たよなあ」


 叔父夫婦に遠慮して――自分を引き取った時点で生活費は両親の遺産から出ていただろうが――遠出することもなかった鋼は、海外旅行でもすればこんな感じだっただろうと漠然と思いながら街並みを見渡す。そうしていると、視界の端に気になる人物が写った。


「えっ…… あれって」


 不機嫌に細められた瞳。他者とのなれ合いを否定するかのようなそれは、鋼の大切な人とのつながりを断ち切ろうとした男のものだった。

 目があった瞬間に二人は立ち止まり、そんな二人の様子を遠巻きにするように通行人が避けていく。


 ――暫くすると、二人は世界から取り残されるようにして対峙していた。


「――――おい」


 口火を切ったのは、男の方だった。鋼は、それに被せるようにして言う。


「――あの、」

「ああ?」


 声を聞くのも煩わしい、といった様子で鋼に答える男は。


「名前をうかがってもよろしいでしょうか?」


 続く少年の台詞に絶句した。


 ◇ ◇ ◇


「――――ライル」


 促されるままについて行くと、男は唐突に言葉を発した。


「……仮にも契約書を交わすところだったんだ。相手の名前ぐらい覚えてろよ」


 本人の手前、すぐにでもその存在ごと消してしまいたかった、などと言った鋼の正直な気持ちは胸に秘めておくことにした。


「僕は――」

「知ってる。亜人よりも特徴的な名前だからな」


 亜人種というものに出会ったことのない鋼には、それがどういったニュアンスで発された言葉なのか判別がつかなかった。ライルも皮肉が通じないとみるや「忘れろ」と一言言い捨てて黙ってしまった。

 無言のまま、人通りの少ない方へと進んでいく。会話が無くとも、思惑は一致しているようだった。


「あなたは」

「………………」

「……なぜ、あんなことを」


 ライルの足が、止まる。その先を聞いてしまえば、後戻りできなくなる――

 そんな鋼の予感をよそに、ライルは少し足早に歩を進める。


「――――何故だろうな。自分でも分からん」


 声音には、はぐらかすような響きがあった。


「ただ、あいつに思うところがあるのは確かだ。嫌がらせにしても、ずいぶんガキ臭いやり方だったが……」


 だからこそ、わからない。

 自分がどうしてあんなまねまでして引きはがそうとしたのか。


「――――――カッとなって、やったというわけですか?」


 鋼の声に責めるような響きが混ざる。それは無理からぬことだった。


 ――ミーシアという保護者が居るからこそ、自分は生きていられている。

 それは紛れもない事実であり、仮にもしこの男の下についたとしても、異世界人と知られれば、どんな未来が待っているかわかったものではない。ミーシアは、度々その危険について説いてきた。そして、鋼をそういった輩に引き渡すつもりはないとも確約していた。


「どう思われようが構わん。俺はあいつが気に入らないし、お前には術を破られた借りがある。良くは思っていないことだけは確かだ」

「奇遇ですね」


 良く思っていないのは、こちらも同様だ。


「むやみに敵対する気はないが、これ以上なれ合う気もない」


 そうしてライルは一方的に話を打ち切った。


 その後、自身の滞在する宿へと足を向ける鋼は、どうにもいやな予感が拭えなかった。

 ライルという青年とは、一度ぶつかり合うのは確実だろう。彼が何らかの因縁を持つのは明らかで、それはライルが憎悪を抱くのに充分な理由なのだろう。

 必然的に、鋼が何とかしたいと思い、行動に移すなら彼とミーシアの間を取り持つか、どちらかを切り捨てるしかない。

 そのどちらもが、鋼には難しかった。


(気を回しすぎかな)


 事態を重く受け止めすぎるきらいのある鋼であるが、本人にはあまり自覚のないことであった。


 ◇ ◇ ◇


「――やあ、ハガネ」


 鋼を出迎えるミーシアの様子は、しかしまだ本調子ではないらしく、顔色は悪い。

 プレートに載せた料理は無駄にならずにすんだようだ。


「とりあえず、これ食べて」

「え、なんだいこれは――って病人食かい……」


 鋼が差し出したのは、麦粥(ポリッジ)だ。宿の女将に頼んで作ってもらったもので、栄養価は高い。


「聞けばお昼ご飯抜いたんだって?だめだよ、何か食べないと体が参っちゃうよ」

「これじゃ、どっちが母親か解ったものじゃないね」


 受け取った椀から一匙ずつすくって食べていく。食欲は有るようだった。

 その様子を横目に、鋼も自分の分に手をつけ始めた。砂糖などは入っておらず、味気ないばかりであったが、それでも少しずつその中身を減らしていく。


「それと……これ。二日酔いに効くって」

「ああ、ありがとう」


 昼間買った薬も、忘れずに渡しておく。とはいえ、予定よりも帰りが遅くなったので意味はないかもしれない。それでもミーシアは薬瓶を受け取った。


「――それを買いに行った後に、さ。ライルと会ったよ」

「む、誰それ」

「――――――」


 たぶんこんな気持ちだったんだろうなと、鋼は心の中でライルに詫びる。


「そんな顔しないでよ、冗談だって。でもすごい偶然もあったものだね?

 あの一件が初対面だったボクが言うのもなんだけど、後から聞いた話だと、彼はパーティーを組むことなく、ずっとソロで戦い続けているらしいから、依頼を受けるときと達成報告に来るとき以外、同業でも出会うことはまれなんだって」

「たまたま休暇の日だったみたい。普通の服装で、武器らしい物も提げてなかったはずだし」


 当然ながら、いくら傭兵といえども、常に武装しているわけではない。持っていたとしても短剣(ナイフ)ぐらいなものだ。


「ふう、ごちそうさま。悪いね、夕食どころか薬まで用意してくれて」

「お礼なら、今すぐ下の女将さんにしてきたら?顔色も良くなったし」


 そんな談笑をしながら、ミーシアは瓶の中の丸薬を口に放り込み――よほど苦かったのか、盛大に顔をしかめた。


「うぅ……知ってたけどさ……苦いって知ってたけど」

「それも含めて、自業自得だよ」


 今回の一件について、鋼はいっさいゆずる気はなかった。


 ◇ ◇ ◇


 ソレはいつものように食事を済まし、ねぐらへと戻る。森の中では弱者である角兎(ホーンラビット)の主食は、多くの魔物と同じ、肉。

 自慢の角を血に染めて、本来の生物なら絶対に持ち合わせない牙で獲物を食む。鋼が見ればプレデターとでも呼んだだろう、有り得ない大きさに開く顎がいっそう嫌悪感を呼び起こす。

 だが、そんな角兎でさえ森の魔物の中では下から数えた方が早いほどに、弱い。


「――――――!?」


 突然、巣穴が破壊されたと思えば、角兎の身体は宙へ浮かぶ。

 否、何者かに抱えられたらしい。

 そして、角兎には何者か(・・・)について心当たりがあった。何者かが放つ魔力は、角兎では太刀打ちできないことを瞬時に理解させ、それでもなお生きるために身をよじる。


「――――っ……」


 悲鳴すらあがることもなく。

 バリバリ、バキバキと咀嚼する音だけが辺りに響き、何者かは血で真っ赤に染まった口元を拭うこともせず歩き出す。

 周囲の魔物が血のにおいに首をもたげ、同時に漂う魔力に当てられ慌ててねぐらに引き上げる。その場にいるどの魔物も敵わないと悟った。


 周囲に死の恐怖を振りまく何者かは、にたりと嗤い、狩り場を後にした。

 死が立ち去っても、騒ぎ立てる魔物は居なかった。


かたけ:片食。

①1日2度の食事(近世、朝夕2食)のうち、一回の食事。

②食事の度数を数える語。


--広辞苑 第六版

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