第十二節 出会いの酒場で再会
その次の日は、ちょうど休日だった。そこでミーシアはその日は情報収集を兼ねて街を歩こうと提案したのだった。
ただ、旅人の噂話が集まる場所は限られている。地方ならともかく、王都のような主要都市の互助会でそういう話をするには「きれいすぎる」という。
自然と話が進んで、ジョークや軽口を言い合い、時には喧嘩になっても誰も気にしない場所。そこまで聞いて鋼はピンときた。
「つまりは酒場だ」
「そういうこと」
答えながらも、ミーシアは浮かない顔だった。
「今まではハガネの稽古とかで忙しくしてたからね。それ以前からあんまり行きたくなかったもんだから、それを口実にほとんど行かなかったわけ」
「聞きたくなかったよ」
情報収集を怠っていた原因があんまりだった。
ただ、行き先が分かったところで問題が一つ。
「ミーシア、僕はお酒なんて飲んだことないし、向こうじゃ飲める年齢じゃあ無かったんだ」
お酒は二十歳になってから。里親である叔父夫婦も、そういった倫理観はしっかりしていた。
そうはいってもそこはそれ、この世界においてはすでに成人扱いの年齢の鋼は、飲んだところで誰も咎めない。
「最悪、強化術で肝臓機能を強化すれば問題ないかもだけど」
「ちょっと落ち着こうか、ハガネ? たかだか飲酒如きにすごい決意してるところ悪いけど、そんなので解決するのかい? と言うか、肝臓を強化するってなに?」
ミーシアのツッコミは、考え込む鋼の耳を右から左へと抜けていった。
◇ ◇ ◇
酒場の外観は、少々大きめに作られた木造家屋。その中で鋼がこれぐらいの時代の酒場と聞いて想像する光景が広がっていた。
ガハハ、ガハハ、と笑い声がそこかしこであがり、杯を打ち合わせる音が鳴り、やはりまた笑い声があがる。冒険者の酒場といった風情だった。
「やっぱり話題は、大鬼についてだね」
その様子を見てミーシアはそうつぶやいた。確かに、耳を澄ますとオーガや森といった単語が聞こえてくる。先ほどからあがっている笑い声は、それに冗談を絡めているためだった。
扉を開けたところでその様子を観察していたが、いつまでもそうしてはいられない。くっと顎を上げ前を見据え、知らず唾を飲む――ところで、視線の先の人物に気づき、むせた。
「ゲホッ、ゲホッ……」
「おう兄ちゃん、どうした? って……」
いかにもバーテンダーといった装いで接客する男は、その禿頭に僅かに残るくすんだ赤い頭髪をなで上げ、わずかに驚いた顔をした。
「……串焼きのおっちゃん?」
「ほう、覚えてんのか? えっと、3ヶ月ぶりぐらいか?」
この世界に来たばかりの鋼が出会ってすぐ、ミーシアが鋼の質問をごまかすついでに頼んだ串焼き、それを提供した屋台の店主が酒場のマスターをしていた。
「――まあ、初めて見たら驚くよね? ダッツって見た目どう見てもカタギじゃないし」
ミーシアは嘆息しながらそう語りかけた。屋台の店主にして酒場のマスター――ダッツは筋骨隆々で禿げ上がった頭で、ねじりはちまきをして屋台で串焼き肉を売っている方が、まだイメージ通りというものだった。
「最初は屋台なんて開いてなかったんだぜ? ただ、肴が残っちまうのがどうにももったいなくてな」
「手始めに、って鳥の串焼き売り出したら流行っちゃった、というわけだね。今や酒場の収入より――」
「いいわけねぇよ、このお調子者!」
ミーシアの軽口に素早く切り返す店主。やはりというか、ある種の信頼関係が有るように見えた。そのまま二人は店に入り――
「おっと、いけねぇなぁ?」
「? なにさ」
入り口近くの男が呼び止める。ミーシアは、鋼からみても不機嫌そうだ。何かを予想しているかのように。
結果として、彼女の予想は正しかった。
「ここは嬢ちゃんたちがくるような場所じゃあねぇ。五年後くらいに出直しな」
「お前、分かってて話振ったよねぇ!?」
全くの予定調和のように、入店拒否されかけていた。ついでのように、鋼も。
◇ ◇ ◇
「ボクは成人してるって、何度言えば分かるんだろうね全く! また余計な時間食ったじゃないか」
つまるところ、ミーシアが酒場に入りたくない理由がこれだった。そう言われてみれば、初めて話をしたときも、冗談混じりに話題にしていたように思える。
改めて周りを見れば、旅をするために、傭兵として戦うために、客のほとんどが見事に鍛え上げられた体つきをしており、そこに少女と少年の組み合わせが混じるのはシュールな絵面だった。
「二十歳過ぎって言われても信じられないもんなぁ…… どうしてミーシアはそんな感じなの?」
「ボクが知りたいぐらいだよ…… こういうときはホント」
なお、ミーシアには既に酒が入り、彼女の言葉には微妙に泣きが入っていた。
「しっかし、酒を飲んだことがないってのは本当かい?」
「ええ、まあ、故郷の風習で」
あながち、嘘ではない。どうやらこの年で酒を嗜んでいないというのは珍しいらしく、それを聞きつけた酔っ払い達が集まってくる。
「なるほどなあ。ま、最初は慣れないだろうが、なに、すぐによくなるさ」
「おいおい、なんだその変な言い方? 間違っちゃい無いけどよ」
「かわいい顔してるよな? 呑めないなら酌してくれや? 『千刃』も女っちゃあ女だが、色気がなくて」
「おーいー? 本人を前にしてなにアホ言ってるのさ?」
「……あの、僕は男です」
『――えっ?』
酔っ払いって面倒くさいなぁ、などと思いつつ、当初の目的を果たすことにする。すなわち、大鬼についての情報収集だ。
「ああ、それなら見たって奴がここにいるぜ。おい、ハウマン!」
名前を聞いたミーシアがピクリと反応を見せる。だが、彼女が行動に移す前に目撃者はやってきた。
「おい、呼ばれたからこっちに来たけどよ…… ん?」
「あ……」
――今日はよく再会する日だ。
鋼はそんな風に思った。
「よう、ミーシアとその弟子! ミーシアはともかく生きててよかったぜ!」
「ボクはともかく、って何さ? ちょっとひどくない?」
ハウマンと呼ばれた男は、鋼が互助会に登録した際に話しかけてきたあの禿頭の大剣使いだった。もちろん、店に入るために武器などは携行していないが、出会ったときの印象と寸分違わぬ姿が、身の丈ほどの大剣を背負う様子を幻視させる。
「しかし、本当に見違えたなあ」
「はあ…… そうですか?」
ハウマンは鋼をじろじろと見つめ、「やはり」といった様子でうなずいた。
「もうすでにいっぱしの戦士といったところだな。この短期間にしてはよく仕上がっている」
「……?」
ハウマンは感心したように何度もうなずいていた。
「それより、大鬼についてだったな?」
「うん、たしかボクが逃がした奴と同じかもしれないって言われたんだけど」
「そう言えば疑問だったんだけど、ミーシアはあの魔物をしとめなかったの?」
最初から引っかかっていたことではあるのだ。ミーシアの実力は今更疑う余地はない。にもかかわらず、ミーシアはせっかく拘束した大鬼をみすみす逃したという。
「そりゃ、いくらこいつでも気絶したおまえさん抱えてたら逃げ一択だろうに」
「――あっ」
その疑問はハウマンによってあっさりと氷解した。いかにミーシアと言えども、全くの足手まといとなった鋼を運搬するためにリソースを割いては大鬼を打ち倒すことはかなわない。
「愚痴のつもりはないけど、ハガネを抱えてさえいなければあんな危ないヤツ、拘束じゃなくてキチンと討伐したよ? 普段なら苦戦しないし」
セリフとは裏腹に、彼女の態度は拗ねた子供のそれだった。
二人の様子にハウマンは苦笑し、
「ま、師匠冥利につくんじゃないか? こいつの様子だと、『ミーシアが後れをとるはずがない、なのになぜ?』ってかんじだしな」
信頼されてるじゃないか、とミーシアを小突く。ミーシアはますます不機嫌になったが、振り払うことはなかった。
「まったく…… あのときはボクも気が動転してたんだって…… わかるよね?」
「あ、あはは……」
それを言われてしまうと、何も言い返せない。ぎこちなく笑ってみせたが、冷や汗が
止まらない。
「そんで、大鬼について話を戻してもいいか?」
「ああ、ごめんごめん。それで?」
ハウマンは出会った大鬼について語ってみせた。
彼がすべてを語り終える頃には、その内容に酒場にいる全員の顔が曇ることになる。
◇ ◇ ◇
「――うぅ、まさかこんなことになるとは……」
すっかり人気のなくなった大通りをミーシアが歩く。普段ならめったに口にしない愚痴をこぼしているのは久々の酒でほろ酔いだから、それだけではない。
「……ムニャ」
「まさかここまで酔いつぶれるなんて、よっぽどだよぅ」
鋼もはじめこそ警戒して舐めるようにして呑んでいたわけだが、酔いが回るにつれて徐々にハメを外し、常連客のすすめも相まってすっかり出来上がってしまった。
(……そりゃまあ、最初の一杯をすすめたのもボクだけどさ)
これほど酔うのも、ハウマンの話のせいだ。
ミーシアはそう思うことにした。決して、実は一番呑ませたのがミーシアであるとか、そんなことはない。ないのだ。
「ミーシア…… もぅ、無理だって……」
(理論武装してるのバレた!?)
どちらにせよ、連れてきたことに対して――呑ませすぎたことに対しても――責任を感じているのも事実である。少なくとも手助けを申し出た何人かの酔客の手を借りずに自分一人で宿まで連れて帰ろうとしているぐらいには。今は若干後悔しているが。
「――――」
「ぇ、なに? どうしたの?」
まさか気持ち悪くなったのか? 慌ててミーシアは耳をそば立てる。このうえ背中に盛大にリバースされるなど勘弁だった。
「アイ、リ…… そこに、いたんだぁ……」
「――――」
「もう、だいじょうぶだから……いっしょに……ひとりにはしないから――」
「――ふぅ」
漏れ出た言葉に下ろそうとした手が止まる。それからミーシアは、鋼を労るように背負いなおして殊更にゆっくりと歩き出す。
せめて、夢の中だけでも。
この少年の大切なひとときを邪魔しないように。
――何時かはその夢を現実に……
(ハガネの予想が確かなら……)
彼女もまた、この月を見上げているのだろうか――




