第十一節 少年と師
目の前に、何千人、何万人という荒川鋼がいた。
それを見ながら、鋼はこれは夢だと気づいた。そう思う間にも、目の前にいる荒川鋼は一見するとバラバラに行動している。
彼らに共通するのは、皆が皆武器を持ち、素振りなどの練習をしていること。
一度として同じ動作はしていないこと。そんなところか。
一つ一つに注目すれば、それらの動作がすべて日中にみっちり叩き込まれた基本動作であることに気づけただろう。ただ、めまぐるしく変わる光景を真面目腐って見るよりも、どうせ夢だと早々に見切りをつける方が賢明だった。
その一つ一つの動作が、やがてスロー再生のように遅くなり、ストップモーションの一コマになると、似た動作ごとに荒川鋼は一つに集約され、次につながる動作が連結される。
気がつけば、無数の鋼は幾分少なくなり、やがてそれらは光に包まれ――
「――――う……ん」
眼を刺すような朝日が鋼の意識を覚醒させる。身を起こして凝りを解し、天幕から這い出て今度は全身に朝日を浴びる。
「――よし」
筋肉痛も変に寝違えるようなこともなく、身体は健康そのもの。久々に身体を動かした分、夢さえ見ないほどぐっすりと眠ってしまった。
「朝は顔を洗うところから、と」
そのまま鋼は、いつも通りの一日がはじまったことを何の疑いもせずに歩き出した。
◇ ◇ ◇
ミーシア曰わく、鋼をいっぱしの傭兵、あるいは探求者として鍛えるのは一年が限度とのことだった。これは彼女の財政事情も絡んでいるそうだが、何より鋼自身が一所に長く居続ける気がないという点で意見が一致したためだ。
実のところ、鋼はミーシアの想定以上に成長している。傭兵として生きるのに剣の腕前は必要だろうが、彼の場合、本当に実戦経験を積む段階にまできている。勿論、そう思って子鬼の群に突っ込ませた結果まで彼女は忘れてはいない。
そこで、ミーシアは自分が幾つも武器を扱って様々なパターンを演出する事で、足りない実戦経験を補完するという方針に出た。千刃の異名は伊達ではない。あらゆる武器を一定以上の技量で扱えるからこそ、彼女は五年前の戦場を生き抜くことができた。無論、武器そのものに細工を施したからこそではあったが――
そんな彼女の目の前で、苦手だったはずの投擲武器を的に当てている少年がいた。相変わらず命中率は低いが、たった一晩で全体のバランスが整えられている。百発百中の腕前になるのも時間の問題だった。
昨日初めて触れたはずの槍や盾、鉄爪でさえも。
まだ荒削りではあるものの、目に見えて動きがよくなっている。端から見ている彼女にとって、その理由は明確だった。
強化術には幾つか欠点が存在する。一つは、元になる筋力より一定以上強化する事はできないという点。魔力を消費する関係上、消耗が激しい点。
そして、動きにあわせて的確に強化術を行使しなければ効果が薄い点だ。その制御が出来ない内は、ちぐはぐな動作となってかえって威力を減衰させてしまう。
はじめの内は、全身を大雑把に強化するだけでもいい。それでも実感できるだけの効果は得られる。ただ、魔力の消費は激しくなり、すぐに消耗しきって動けなくなる。多くの人々はそこで努力を止めるのだ。中には、安直に魔力量を増やす方法がないか探し出し、例えば怪しい薬に手を出したりする事もあるという。
動きの経過や切り替えにあわせて強化術も切り替える。この技術を使えるようになるまでにも時間はかかるし、ましてや極めようとすると青天井だ。なにせその技術の本質は体内の臓器にさえ影響を及ぼす――バイオリズムの制御に他ならないのだから。
目の前の少年は、その領域の一端に手をかけている。
動きの一つ一つのキレが違う。教えられた動作に忠実に、だがなめらかに技を繰り出すその姿は、何年もかけてその動きを身体に染み着かせなければ到達出来ない。
まだ時折ズレを感じるのか、稀に風切り音の出ない緩い振りもあるのだが、そもそもそんな差がでること自体が強化術を用いて試行錯誤している証明だった。
(――自分の身体を熟知しているよねぇ、これ)
動作の最適化――徹底的に無駄を廃したそれは、洗練した、というよりも「表情がない」ように感じられた。それで何が困るというわけでは無い。無いのだが、そうなるまでの期間が一晩というのは短すぎる。詰まるところ、それは不気味なものとしてミーシアの目に映った。
(再構成、か)
彼女自身、固有魔法使いだ。端から見て理不尽と思える現象は覚えがある。
その能力の本質は、実際に見ないと分からないが、彼が言うような魔法に対するカウンターというだけのものではないだろう。その事についても考え、教えなければならない時期がきたという事か。
知らず、歓喜の念が浮かぶ。千刃の弟子が普通で有るはずがなかった。そんな思いが、ミーシアの心を満たす。
(何をバカな)
彼女は心に浮かぶ感情を圧し殺した。
「そろそろ休憩にしよっか。根を詰めすぎだよ」
千刃の名は、血塗られている。
一時でもそれを継がせようなどと思うことなど。
「――うん、わかった」
素直に頷く少年に、ミーシアは笑顔と共に汗を拭う為の布を渡す。
――嫌なことが有ったときこそ、笑っているべきだ――
遠き日の記憶に笑いかける。分かっているさ、と。
笑顔の仮面は、きちんと被れたのか、彼女には分からなかった。
◇ ◇ ◇
いつものように――いつかのように、数日かけて森に籠もり、薬草や毒草の知識を修め、実際に使ったりしながら、同時に武器術を磨いていくハードスケジュールを行う。
そしてやはり、鋼も一つの疑問を抱くのだ。何故彼女は、頑なにこの修行についてひた隠しにするのだろう。
彼女が扱う武器が有る意味異端で外聞が悪い、というのは一つの理由だろうが、それだけでは弱いように思う。
「まあ、じきに分かるさ」
鋼が問いただすと、彼女は笑みを浮かべてそうな風に言う。何でも知りたいと思うのは失礼なことだ。そう思うと同時に、そのせいで以前の自分達はすれ違ったのではないか。そんな風にも思う。
「そろそろ帰ろっか。そのついでに狩人互助会にも寄ろう」
それはつまり、今後のために資格を取得すると言うことだろう。それは鋼が自立して生活するためにも必要なことだった。
行きと同じように多くの荷物を抱え、王都までの道をさかのぼる。思えば、はじめの頃のような辛さは薄れ、今なら突発的な戦闘にも対応できそうだ。
それは根拠のない慢心とも言えるものでは有ったが、今なお暗い考えにとらわれそうな自分を鼓舞する役目もあった。ミーシアの好奇心が、忘れかけていた鋼自身の目的を思い起こさせていた。
(――愛理を探さないと)
それは今、自分にしかできない。
彼女の写真は、元の世界から持ち越して無くさないように手帳に挟んでいる。
必要なことだったとは言え、寄り道がすぎたのも事実。そう思うと居ても立ってもいられない。
やがて、今までに数回しか寄らなかった施設に、およそ数週間ぶりに顔を出した。
「キール、いるー?」
「私は貴女の友達ですか」
ややげんなりした様子で馴染みの職員が応えた。
「いや、どうにも呼びやすくてねぇ、ハガネも顔馴染みだし」
「勘弁してください……貴女の笑顔は、私に対して厄介事を運んでくるので」
その確率、驚異の六割。残りの内訳は三割がすでに起きたことの後始末で、何も起きず安全だったのは一割ほどしかない。
そんな風にぼやくキールの顔を鋼は見つめていた。
「……? 何でしょう?」
「いえ――」
二人の様子を見て、彼は思ったことを言う。
「仲がいいんだな、と思って」
「違いま「やっぱり? いやぁ、ハガネなら分かってくれると思ってたよ! 何せもう五年――」割り込まないでください!」
即答で否定しようとしたキールと、早口にまくし立てるミーシア。二人の関係を如実に表していた。
「あれ五年前、てことは確か」
「うん、まあそういうこと」
ミーシアは声を潜ませると、「内乱の後、流れ着いたのがこの大陸さ」と答えた。
その時、ミーシアの対応を行ったのがキールだった、と言うのが知り合った経緯らしい。
「思えばそれが、苦労の始まりだったのかもしれません」
若かりし頃の自分を思い返し、キールは独白する。その頃の彼は仕事を与えられたばかりの新人たった。なし崩し的に実質ミーシア専属職員のようにされてしまったという。
二人のこれまでを聞いて、鋼は一人得心する。二人の相性はなんだかんだ言って悪くないように思えたのだ。
「――仲が、いいんですね」
もう一度、万感の思いを込めて言った。
二人の言い合いを見て、その思いはますます強まった。
◇ ◇ ◇
「――それよりっ、用があるのでは、無かったのですか?」
一頻り弄られ、息も絶え絶えにキールは言った。サッサと本題に入って落ち着きたいのだ。
案の定ミーシアは忘れてた、という顔をして――その顔は若干残念そうにも見えた――目尻に浮かんだ涙を拭って、ようやく本題に入った。
「ハガネに幾つかの資格を持たせようと思ってね。ほら、冬になると植物なんかは無くなっちゃうからさ」
生命力の強い薬草は一年中生えている種も多いが、それゆえに草食動物の餌になる事がほとんどだ。
「今、ですか。申し訳有りませんが、よした方がいいですね」
だがキールは彼女の言い分を聞きながらも、それを否定した。
「おや、何でさ?」
「もうすでに噂になってるので、知っていると思ったのですが……」
さらりと明かされたミーシアの怠慢。
だが、キールが続けたのはそれ以上に信じがたいものだった。
「当互助会では大鬼の出没を確認し、警戒を呼びかけています。
……まだ未確定ですが、貴女が逃がしたものと同一個体の可能性があります」




