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そうして彼は、世界を滅ぼす  作者: 大滝小山
一章 異界の鋼
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第十五節 再燃

「――――やぁ、どうしたのだい?ハガネ君」


 突然の来客に応えるウィニーの姿に、鋼はしばし呆然としていた。

 どうして、という彼の質問に対する答えはない。報せを聞いて、気がつけば既にここにいたからだ。その間の記憶は無く、今息を乱していることから、街中を駆け抜けてきたんだ、とぼんやりと思うだけだった。


「……突然、すみません。ここに運び込まれたって聞いて」

「いや、なに。こちらも無様な姿をさらしてしまって、決まりが悪いな」


 彼が言うとおり、全身に包帯を巻きつけ、折れていると思われる腕には添え木がしていた。薬草の青臭いにおいが鼻を突く。


「本当ならこの命、とうに潰えていたのだろうがな。固有魔法(ギフト)持ち故、どうにか逃げおおせることができたわい」


 ウィニーは、膝を撫でながら言った。

 聞くところによると、この鉄拳(アイアンフィスト)の異名を持つ傭兵は、普段から動きを阻害する防具類は身に着けない。彼の魔法は、その必要がないほど体を頑健にするものだ。

 魔物の攻撃によって以前の鋼のように木に叩きつけられたウィニーは、その体に染み着いた反射行動で受け身をとり、なおも体がバラバラになるような衝撃を固有魔法(ギフト)で耐えきった。出会い頭の、不意打ちだったという。

 その後、気絶した彼を救助した別の傭兵達が街へと運び込んだ。


「――そのとき小隊は、全滅したのであろうな。皆、俺に気を使っているのが分かる」

「ウィニーさん……」

「わずかな間のつきあいであったが、こんな形の別れには慣れんな」


 ウィニーの言葉には悔しさがにじみ、静かに激していた。


「やはり、大鬼(オーガ)?」

「であれば、良かったのだがな」

「――――」


 鋼は、何も言えなかった。

 ――ウワサは、事実だった。

 その一事が、重くのしかかる。


「戦えば勝てるでしょうか? 敵討ちもかねて」

「――――――それは無理だろう」


 鋼は何故、と問おうとした。それを制するようにウィニーが口を開く。


「脚の感覚が無くてな。どうやら打ち所が悪かったみたいだ」


 包帯を巻いた腕で、ふたたび膝を撫でる。

 半生をかけて鍛えた脚は、ピクリとも動かなかった。



 ◇ ◇ ◇



「お帰り、それともただいま、が先かな?」

「……ミーシア」


 施療院を後にした鋼に、ミーシアが声をかけた。


「ウィニーさん、脚が――」

「知ってる。さすがに呆然としていたからね」


 救助後、目覚めてすぐに彼は脚の感覚が無いことに気がついたという。


「――おい、俺の脚はどうした?」

「それって……」

「起き抜けの一言だ。みんな言葉を失ったよ」


 状況的に、背中から叩きつけられたらしく、そのときに脊髄を傷つけたのだろう。外科手術という発想に乏しいこの世界の医療では、快癒は不可能と言っていい。


「傭兵としての命は既になくなったも同然だ。ウィニーの無念もひとしおだろうね」

「これから、どうなるんだろう?」


 他人より恵まれた環境で生きることもできたウィニー。彼がその立場を捨ててでも求めたものとは――。


「ハガネ、一つだけ忠告」

「――――?」

「これ以降、彼とは関わらないように」

「そんなっ!?」

「今の彼の立場を考えるんだ!」


 ミーシアは立ち止まり、鋼を見据える。


彼は今(・・・)どっちだ(・・・・)?傭兵か、貴族か?そしてキミは――」


 周囲を気にしてか、彼女はそこで言葉を切る。それがどういうことか、分からないわけではなかった。

 どことなく、違和感のようなものがあった。彼女の態度に、彼女の言葉に。鋼の正体を知られてはならない(・・・・・・・・・・)という脅迫めいた意識があった。

 気のせいで済ますには違和感は大きくなりすぎていた。


「敵討ちはできないの? あの人の無念は?」

「――――ハガネ」

「僕じゃだめなのか? ヤツに借りがあるのは僕だって――!」

「ハガネっ!」


 ミーシアが叫ぶ。それでもなお、続けようとした鋼の口は、のりでも付けたかのように開かなくなる。

 ミーシアは泣いていた。鳶色の、朝焼けの目を潤ませて。


「――――――キミを喪いたくない。全力で逃げるのと、立ち向かうのとでは感じる恐ろしさは全然違うんだ」


 それは、つまり――――


「戦えば死ぬというのか……? 勝てないからやめろと?」


 戦力を見誤っているのだと、今の鋼では勝てないのだと告げているのだ。


「犬死にするくらいなら、生きろ。――勝てないと分かってて挑む戦いほど虚しいものはないよ」


 そんな風に言う彼女の様子が、見ていられなかった。

 彼女のかつての苦しみは、痛みは。

 本当にそんなものだったのだろうか――。


 それきり宿へ戻るまで、二人のあいだに会話はなかった。



 ◇ ◇ ◇



「――出てってくれ!俺は家には戻らん!!」


 病室からは、そう叫びながら、争うような音が聞こえる。


「困ります、坊ちゃま。旦那様一同、危険な傭兵業を辞めてアレクサンダー家長男としての義務を果たせるようになる日を心待ちにしております」

「義務! 義務と来たか! 一生歩けない男に何を求める? 言っておくが、血筋が目的なら俺にその義務は果たせんぞ!」


 ――こうなってしまっては、子を成すことも出来ないことを、ウィニーは理解していた。


「ウィニアン様、どうか。ダグラス様からも戻ってきてほしいと」

「――――ダグにも伝えろ、なんといっても次期当主はお前だと。俺は家に戻る気など無い!」


 ウィニーはそう言うと、抵抗する使者を投げ飛ばそうとする。今までならそのままドアを突き破るはずの技は、力無く床に引き倒しただけだった。


「――日を改めましょう。私はこれで」


 使者の男は、何事もなかったかのように立ち上がり、辞去した。

 分かっていた。あの男はやろうと思えば投げ技に対していつでも抜け出すことができた。尚武の気質があるアレクサンダー家に、武の心得を持たない使用人はいない。


 すべてを失ったあの日から、ひと月以上が経っていた。


 ウィニー――ウィニアン・アレクサンダーは武の才を持って生まれた。

 しかし、その武才は『拳闘』というただ一点にのみ秀で、その他武器の扱いを苦手としていた。否、全く才能がなかった。

 人を相手に身を守るには充分以上な才能だが、この世界で最も重要なのは魔物に対する抵抗である。結果として、扱いに困った両親をはじめ、周囲は曖昧な態度で接しててきた。

 そうして複雑な環境で育った彼は、今の自分を良しとせず、成人を果たした翌日に家を出た。追っ手を撒くのは簡単だった。固有魔法(ギフト)に目覚めずとも、既に対人戦においては当代最強と謳われていた。

 家名を棄てたのは、武人の血族(アレクサンダー家)としてではなく、一人のウィニーとして自分の拳をみてもらいたかったからだった。


 各地を転々とする内、何度も危難にあっては生き延びることを繰り返し、魔物にすら打ち勝つ力を得たのが出奔して五年が経ったころ。それまで小鬼(ゴブリン)すら殴り殺すのにずいぶんな時間がかかっていたのが、固有魔法(ギフト)を獲得してからは一気に高みへ上り詰めた。

 五年のうちに身についた脚捌きは、その頃から逃げの手ではなく翻弄するための技として昇華した。無手というハンデは、唯一無二の武器となったのだ。


 今も昔も、この脚がなければここまでたどり着くことはなかった。命を拾っただけでもありがたい状況ではあるが、かけがえの無いものを失ってしまったのだ。


「ウィニーさん」

「何だ、もう面会は――」


 彼は声をかけてきた者を追い返そうとして思い直し、声がした方をみた。

 そこにいたのは、圧倒的な成長を見せる少年、ハガネだった。


「……スマン、ちゃんと出迎えもせずに」

「いえ、僕の用事はすぐ終わるはずなので」


 思えば、彼ほど今の自分と対照的な存在もない。わずかな間の交流を思い返してウィニーはそう思った。

 かつての自分なら、短期間であらゆる武器の基本を身につけたというこの少年に嫉妬しただろう。

 まして今や、自分の脚で立って歩ける者と、そうでない者。その違いは明白だ。


「用事はなんだ? 俺は少し疲れててな」

「――もしその脚が動けたとして」


 少年は、そんな意味のない仮定からはじめ、


「どうしますか? あなたなら。まだ、戦いますか?」


 やはり意味のない疑問をぶつけてきた。


「現実に、俺の脚は動かんよ。戦うなんて――」

「――ですから」


 その声は、切実な思いが籠もっていた。


「僕は聴きたいんです。あなたの、本当の気持ちを(・・・・・・・)

「…………」


 沈黙が落ちる。ここ数日、実家が使者を派遣してきて、再三家に戻るよう告げてきたものだから、武人の家に生まれたことを疎ましく思う、いつかの自分があらわれていた。


(――なかなか、人間は変わらんものだな)


 自分の本当の気持ち――

 自分が自分の脚で歩き、戦うことができたなら。


「――――雪辱戦、だな。不意を打たれるなど、傭兵の名折れだ」


 この屈辱は、そう。


「かの魔物と再びあいまみえ、今度こそ雌雄を決しよう。それが、あの者達への手向けとなる」


 気づけば、拳を堅く握りしめていた。

 そうだ。使者を相手するうちに、いつしか自分の心を偽り始めていた。

 家に戻るように宣告され続けることなど、本当は些細な問題で。

 自分の負傷を、彼らの犠牲を。ただ良い機会だからと軽んじる使者――ひいては家の態度が納得のいくものではなかったのだ。


 それを気づかせてくれた少年は、気づけばどこにも居なかった。



 ◇ ◇ ◇



 鋼は複雑な路地を何度も曲がりながら、目的の場所へ向かっていた。

 王都は東、西、南のそれぞれに門を設け、人の流れを受け入れている。街への出入りはそれ以外にはない。――通常は。

 たどり着いた先からは、王都の外壁が見えた。ここは南側の外壁で、南貧民街(スラム)に接している。周囲には浮浪者がたむろし、木やレンガのようなものでとりあえず雨風をしのげるように作られた寝床が散見される。

 こここそが、本来の意味でのスラムであり、犯罪の温床となっている場所だ。兵士の巡回はなく、この区画とその北側との間には高低差からくる絶壁が有るために、見回りの優先度も低いらしい。


(――だから、絶対にあるとは思っていたけど)


 初めてこの場所を訪れたとき、襲ってくる暴漢を軽く懲らしめて聞き出したのがここだった。外壁まで近づき、隣接するタイルを調べる。端の欠けたものを見つけると、おもむろに剣を抜き放ち、切っ先をひっかけてめくりあげる。すると、土塊を巻き上げながら人が通れるほどの大きさの穴が現れた。

 長年の間、幾人もの浮浪者が稼ぎを求めて魔物を狩ろうとした。正規の方法で王都を出れば、通行税をとられるのだが、彼らには出る分の税すら払う余裕はない。よって――


「…………よし」


 抜け穴さえ作れば、少なくとも見つかるまでは稼ぎ続けることが出来る。

 まさか作った人々も、異世界人が使うことになるとは思いもしなかっただろう。

 そうして鋼は、最後の仕上げ(・・・・・・)のため、マルジャの森の奥深くまで駆け出した。

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