一緒に歩こう
シアン様の戴冠式。それは玉座の間で行われる。
長らく王宮にいた私だけど、先日の式の練習ではじめてこの部屋に入った。
今、玉座には陛下が、その横の席には正妃様がお座りになっている。そして、玉座にまっすぐのびる緋色の絨毯の両脇には全大臣、将軍、上流から下級に至る全貴族がそろい踏みしていた。
私の仕事は、陛下から王冠を譲られるシアン様の後ろに従い進み、ご正妃様から錫杖を譲り受けること。
ただそれだけ、ただそれだけ。
呪文のように私は心の中でそう繰り返す。
玉座の間に入る前、シアン様は緊張で慄く私の手を強く握り言った。
「怖がる必要はない。君は俺だけをみていればいい」
いつもと変わらない、ちょっと悪戯っぽくキラキラしてるシアン様の瞳に少し安堵した。
とはいえ、緊張のすべてがほぐれたわけではないけれど・・・。
扉が開き、全ての目が私たちの方に向く。私の前に立つシアン様の背中は、いつもよりすごく大きく感じられた。
確かな足取りで前に進むその背中を見つめながら、私も背筋をしゃんと伸ばし、できるかぎり堂々と歩む。
玉座の手前で立ち止まったシアン様が膝まづき、私もその後ろでそれに倣う。
「シアン・ウェイザード、我が長子にして、太陽に愛されし者よ。面を上げよ」
陛下が朗々とした声でシアン様の名を呼ぶ。
陛下にもご正妃様にも、先日ご挨拶に伺ったけど、その時はとても二人ともお優しい雰囲気だった。
でも今日は二人ともなんとも荘厳な空気を醸し出している。
呼ばれたシアン様は顔をあげるけど、私はまだ顔を伏せたまま。
ああ、できるならこのまま顔、あげたくない!
「ニナ・ハークバーグ、我が妹の娘にして、トリドの娘よ。面を上げよ」
が、陛下は淡々と私の名も読み上げる。
私は重い頭をゆっくりと持ち上げた。
「シアンよ、前へ」
シアン様が立ち上がり一歩前へ出る。
「我が跡をお前に託すぞ。そこへ」
陛下のすぐ前まで進んだシアン様は、もう一度膝まづいた。
「皆も見届けよ。今この時から、玉座の主はここにいるシアン・ウェイザードである!」
高らかに陛下は宣言すると、自らの頭部に載せていた冠をおろし、シアン様の頭に載せた。
立ち上がるシアン様に向けて、周囲からどよめきのような歓声と割れんばかりの拍手が起こる。
私も感無量、瞳が涙でうるうるしていることだろう。
さっきまでの緊張はどこへやら。頭の中を少年時代のシアン様が走り回っている。ご立派になられたなぁ・・・。
今、この時からシアン様は「皇太子殿下」じゃなく「陛下」になるのね。
「ニナ・ハークバーグよ、前へ」
先代陛下の後ろに控えていたご正妃様が、先代陛下の横に進み出て私を促す。
私は、はっと意識を戻して、慌てて立ち上がった。いけないいけない、感傷に浸りすぎだ!
私もシアン様と同じように前に進み、シアン様の横に立ち止った。
「この後、シアン陛下を様々な困苦が襲うこともあるでしょう。どうか、陛下をその全てでもってお支えください。そちらへ」
ご正妃様のさすところ、シアン様の横で膝まづく。
ご正妃様は静かに、でも大きく息を吸い込むと、凛とした声で宣言された。
「皆様もご覧なさい。こちらが、シアン・ウェイザード陛下の正妃、ニナ・ハークバーグです。今この時より、国の母はこの者です」
ご正妃様が差し出す錫杖を私は頭上で押し抱いた。それを胸の前で抱きながら立ち上がる。
一拍ののち、シアン様と同じように歓声と拍手が鳴り響く。
先代陛下と、先代正妃様が横へ降りると、私たちは玉座の前に並び立った。
手に持つ錫杖の持つ意味や、向けられる人々の視線に沈み込みそうになるけど、でも私は顔を上げて前を見る。
何も持たず、何もできない私だけど、私にできる精一杯でシアン様を支えていこう。この国を支えるシアン様を。きっとシアン様も私を支えてくれるだろう。
それに・・・いつだってこの方は私がいないとダメなんだから!
この日、この時が、後の世に賢王として名を残すシアン・ウェイザードの治世の始まりの時である。
シアン・ウェイザードは身分の貴賤なく、すべての民のために様々な改革を行った王として名を残す。
またその正妃ニナ・ハークバーグは、常に彼に寄り添い、陰ひなたに彼を支えた良き妻、良き母の鏡として後世の人々が人々が名を上げる。
そして、賢王と彼の唯一無二の妃の姿は・・・。正妃が目にすればいたたまれなさに悶え死んだかもしれないが、舞台や小説など様々な形をとり、情熱的な恋物語として語り継がれることとなった。
更新が遅くなりました(汗
省いてしまったエピソード等もあるので、番外としてまた書いていくかもしれませんが・・・なにはともあれ、これで一応ニナとシアンのお話は完結です。
初投稿で、読みづらい点等、多々あったかと思いますが、最後までお読みくださりありがとうございました!




