第2章 4話
◇
明るいうちは移動し、夜になると針を持った。
焚き火のそばや宿の机で、眠る前の短い時間を使って少しずつ縫い進める。
少しずつ形になり、気がつけば布には手足がついていた。
まだ綿の入っていない、平たい人の形。
それを見て、鏡の中で首を傾げる。
『人の形を作っているんですね』
「そんな感じです」
針を動かしたまま答える。
その数日後には、小さな白い服もできた。
胸元には金糸で林檎の刺繍を入れてある。
鏡の向こうから声が上がった。
『もしかして』
『私のぬいぐるみですか?』
少し迷ってから、照れくさく答える。
「……当たりです」
『嬉しいです』
◇
あとは髪をどうするかだった。
鏡へ目を向けて呟く。
「ミーナ様の髪、綺麗ですよね」
『そうですか?』
「色もそうですけど、どう表現したら良いか」
手元の糸を見つめる。
「どうしたら上手くできるかなって」
『うーん……そうですね』
真剣に考えてくれている。
『その子を、私の依り代にしませんか?』
「依代?」
『はい』
視線が手元のぬいぐるみに向く。
『鏡がなくても、サチのそばで話せます』
『自分で動くこともできると思います』
「ミーナ様が、中に入るんですか?」
『はい』
『体と服を整えてくれたら、髪と羽は私が仕上げます』
思わず、動くぬいぐるみの姿を想像する。
(かわいいかも)
「分かりました。それなら、完成まであと少しですね」
『はい』
返事は楽しそうだった。
◇
最後の綿を詰め、小さな体を整える。
白い服を着せ、背中にはネックレスを入れるための小さな開きを残してある。
胸元には林檎の刺繍。
首からネックレスを外す。
「入れますね」
『お願いします』
そっと中へ入れると、淡い光がぬいぐるみを包んだ。
布でできた頭から緑がかった金色の髪が伸び、背中には小さな白い羽が生まれていく。
閉じていた目がゆっくり開く。
熟れた果実のような赤い瞳に、見慣れた気配が宿った。
『……できました』
小さな体がゆっくり立ち上がる。
一歩、二歩。
三歩目で、ころん、と転んだ。
「あっ! 大丈夫ですか?」
『……大丈夫です』
『神としての威厳がありません』
慌てて手を伸ばし、小さな体を抱き起こす。
すると、小さな手で服の裾を整え始めた。
(かわいい)
声には出さなかったが、口元が緩むのは止められなかった。
◇
眠る支度を終え、ベッドの端に座る。
腕の中には、小さなミーナ様がいる。
『ずっと抱いているんですね』
「……落ち着くので」
『ぬいぐるみだからですか?』
「それもありますけど」
緑がかった金色の髪を、そっと撫でる。
鏡越しに見ていた姿と同じ色。
「私が作ったものを、ミーナ様が完成させてくれたので」
『完成させたのはサチです』
「髪と羽は、ミーナ様が作ってくれました」
『少し手伝っただけです』
「それでもです」
抱く腕に少し力を込める。
「一緒に作ったものだから」
『……そうですね』
やがて、照れたような声が返ってくる。
『一緒に作りました』
腕の中で、小さな顔がこちらを向く。
『サチが、私の居場所を作ってくれました』
「居場所、ですか?」
『はい』
『とても、あたたかいです』
その言葉に嬉しさと達成感を覚えながら、横になって目を閉じる。
「このままでいいですか」
『いいですよ』
『おやすみなさい、サチ』
ぬいぐるみの小さな身体は、ほんのり温かい。
出会ってから、一人じゃないと思えるようになった。
けれど、この世界に来て、こんなにもぬくもりを感じたのは初めてだった。
◇
その日から、移動中も宿の中でも、小さな体を腕に抱えて過ごすようになった。
腕の中が、すっかり定位置になっている。
『ずっと抱えていて疲れないですか?』
『それに目立っている気もします』
胸元から声がした。
「大丈夫です。ぬいぐるみなので」
『……そういうものですか』
「それに全然疲れません」
「……こうしてると安心するので」
『それなら良かったです』
それ以上、何も言わなかった。
◇
旅を続けるうちに人通りが増え、やがて遠くに村とは違う大きな都市が見え始めた。
『着きましたね』
『ここに、あの時助けられなかった人がいます』
ミーナ様が助けられなかった人が、この街にいる。
胸の奥が重くなる。
『今度こそ助けます』
決意のこもった声だった。
「はい」
思ったより強い声が出た。
都市へ続く道を進みながら、ふと考える。
あの時、ミーナ様に助けてもらっていなかったら、自分はどうなっていたのだろう。
そう考えると、足元が少し冷える。
(どんな人なんだろう)
無事でいてほしいと願うことしかできなかった。




