第2章 3話
◇
道を進んでいると、やがて小さな村が見えてきた。
むーちゃんが入口で足を止める。
「……なんだか、活気がない村ですね」
人の姿はあるが、道を歩く者はみな俯いていた。
畑へ向かう荷車も止まり、村の外れに見える畑は土が白く乾いて、ところどころひび割れている。
宿に着くと、店主は申し訳なさそうに頭をかいた。
「食事は期待しないでくれよ」
「何かあったんですか?」
窓の外へ目を向ける。
「雨が降らなくてな。残っている水は、畑と飲み水が優先なんだ」
「そうなんですか……分かりました」
宿の部屋へ入り、鏡に映る姿へ話しかける。
「この村、雨が降らないみたいです」
『はい』
鏡の中では、少し硬い表情をしていた。
「どうにかできませんか?」
『雨を降らせましょうか』
迷いのない返事に、思わず顔を上げる。
「できるんですか?」
『できますよ。あのままにはしておけません』
昼間に見た、ひび割れた畑が浮かぶ。
「お願いします」
『分かりました』
鏡の中で頷く。
『それから、ひとつお願いがあります』
「お願い?」
『雨が降ったあと、私の名前を皆さんに伝えてもらえませんか』
「信仰のためですか?」
『はい。皆さんはまだ、カーラ様を信じています』
『サチだけではなく、この世界の人たちも助けたいんです』
その表情を見つめる。
「私が言います」
『無理はしないでください』
「大丈夫です」
緊張はする。
それでも。
(ミーナ様が人を助けるなら、私もその隣に立ちたい)
◇
翌朝、宿の店主を訪ねた。
「村の皆さんを、集めてもらえませんか?」
「どうしたんだい」
「雨を降らせてくださる女神様がいます」
しばらくこちらを見つめていた。
冗談だと思ったのかもしれない。
けれど、窓の外に見える乾いた畑へ目を向けると、深く息を吐く。
「……信じるかどうかは、見てからでいい」
そう言って宿の外へ出た。
「おーい! ちょっと集まってくれ!」
呼び声を聞き、少しずつ人が集まってくる。
勇気を出すために、胸元のネックレスを握る。
「皆さん」
視線が集まった。
「私の知っている女神様が、雨を降らせてくれます」
ざわめきが起きる。
「カーラ様か?」
誰かが尋ねた。
「いえ、ミーナ様です」
「私を助けてくださった、優しい女神様です」
知らない女神の名に、村人たちは半信半疑の表情を浮かべている。
「まず、見ていてください」
空を見上げる。
雲一つない青空の中心に、小さな灰色の雲が生まれた。
みるみる大きくなり、やがて青空を覆うように黒い雲が広がっていく。
村人たちが息を呑む。
次の瞬間、ざああああっ、と空から水が落ちてきた。
「わっ」
バケツをひっくり返したような土砂降りに、思わず目を閉じる。
村人たちの叫び声が上がった。
けれど、それは悲鳴ではない。
「雨だ!」
「降ってる!」
「本当に降ったぞ!」
歓声の中、ずぶ濡れになりながら宿へ駆け込む。
背後では、雨音に混じって喜ぶ声がいつまでも続いていた。
◇
宿の部屋で手拭いを使って髪を拭きながら、胸元のネックレスに話しかける。
「ミーナ様」
『はい』
「雨、すごいですね」
外では土砂降りが続いている。
『足りませんでしたか?』
「いえ」
窓の外を見ると、雨が屋根を叩き、水たまりができ始めていた。
「多いです」
『……多いですか』
「はい」
『でも、皆さん喜んでいます』
窓の外から、また歓声が上がる。
雨の中を畑へ駆ける者。
子どもを抱き寄せ、空を見上げる女性。
何度もその名を口にする老人。
その景色に、自然と笑みがこぼれた。
「そうですね」
『次は、もう少し加減します』
「はい」
『それから、サチ』
「?」
机の上に、手のひらサイズの女神像が現れる。
『これを、村の方へ渡してもらえますか?』
「ミーナ様の像ですか?」
『はい。皆さんが祈る時の目印になればと思って』
「分かりました」
雨は一時間ほど降り続き、やがて勢いを弱めた。
村の乾いた畑には、十分すぎるほどの雨だった。
◇
昼過ぎ、雨が止んだ頃。
部屋の扉が叩かれた。
入ってきた店主の服はまだ濡れていたが、その顔には朝までなかった明るさがある。
「ありがとう」
深く頭を下げる。
「今朝は半信半疑だった」
顔を上げ、こちらを見る。
「あんたが言っていた、ミーナ様のお恵みなんだな」
「はい」
ネックレスに触れる。
「優しい女神様です」
その名を確かめるように口にした。
「ミーナ様……」
そして、もう一度頭を下げる。
「ミーナ様に、感謝を」
「あの」
預かっていた小さな像を取り出す。
「これ、ミーナ様の女神像です」
目を丸くする。
「皆さんが祈る場所に、飾ってもらえると嬉しいです」
両手で像を受け取った。
「もちろんだ」
◇
村を出たあと、むーちゃんの背から振り返る。
雨上がりの空は青く澄み、見送る村人たちの顔にも笑顔が戻っていた。
『少しだけですが、信仰が増えた気がします』
「本当ですか?」
『はい』
嬉しそうな声だった。
『でも、まだほんの少しです。今は地道にやるしかなさそうです』
「そうですね」
遠ざかっていく村へもう一度目を向ける。
「頑張りましょう」
『はい』




