第2章 2話
◇
旅に必要な品を買い終え、宿へ戻る途中だった。
大きくなった荷物に思わず肩を落とす。
「さすがに重いですね……」
『旅をするとなると、どうしても増えてしまいますね』
「二週間くらいかかるんですもんね……」
改めて言われると長い。
リュックを背負い直して歩いていると、のそのそと大きな毛玉のような生き物が横切った。
背中には荷物が積まれている。
「……あれは何ですか?」
『荷物運び用の家畜ですね』
その生き物を目で追う。
丸くて毛深く、足も短い。
全体的に丸っこくて、思ったより可愛い。
「乗れるんですか?」
『乗れますよ』
「買いましょう」
そのまま、家畜を扱う市場へ向かった。
市場に着くなり、一番毛深い個体を指差す。
「この子にします」
『その子ですか?』
「可愛い……」
もふもふの毛に顔を埋める。
気持ちいい。
顔を上げ、この場を仕切っている商人へ尋ねる。
「名前って決まってたりしますか?」
「名前? 付いてないよ」
商人は不思議そうな顔をした。
『家畜に名前を付ける文化はあまりありませんね』
すぐに補足が入る。
「じゃあ私が付けます」
(どうしよう……)
少し迷ってから、もう一度もふもふの毛を見る。
「むーちゃんです」
『むーちゃん?』
「毛むくじゃらだからです」
『そのままですね』
「分かりやすくていいんです」
荷物を載せる鞍も一緒に買って、市場をあとにした。
◇
翌朝。
荷物を載せたむーちゃんの背にまたがり、街を出た。
「いい子ですね」
『気に入りましたか?』
「はい」
ふわふわの毛に指を埋める。
「動物好きなんです」
『そうなんですね。この子も、サチに撫でられるのは嫌じゃないみたいです』
「分かるんですか?」
『少しなら』
もう一度むーちゃんの毛を撫でる。
のそのそと歩く背中が心地いい。
しばらくして、ふと思いついたことをそのまま口にした。
「ミーナ様は、好きなものってありますか?」
口にしてから、少し不安になる。
神様にこんなことを聞いてもよかったのだろうか。
(やっぱり変だったかな……)
小さく肩をすぼめた時だった。
『ありますよ』
返ってきた声は、どこか柔らかい。
『動物が好きです。自然も好きです。森とか、川とか、林檎とか』
好きなものを挙げる声が、少しずつ弾んでいく。
「林檎は、やっぱり好きなんですね」
『はい』
嬉しそうな返事だった。
『私の家系は、代々、林檎に関わる神なんです』
「そうなんですね」
『私たちにとって、林檎は実りと豊穣の象徴なんです』
『時間をかけて育てたものが、やがて実を結びますから』
『それに……美味しいのも、好きな理由です』
その一言に笑みがこぼれる。
「そこは普通なんですね」
『サチは、どんな動物が好きなんですか?』
「猫ですね」
『猫』
「黒猫を飼ってました」
『いいですね』
本当に楽しそうな声だ。
『他には?』
「あと、裁縫です」
『裁縫?』
「はい。服を直したり、小物やぬいぐるみを作ったりします」
『ぬいぐるみ』
声が少しだけ弾んだ。
「好きなんです。こっちに来てからは全然できてませんでしたけど」
『やりましょう』
ためらいのない返事だった。
『好きなことまで、我慢しなくていいんです』
「そういうものですか?」
『そういうものです』
他愛もない会話が楽しい。
一人じゃないだけで、世界はこんなにも明るく見える。
◇
その日の夕方。
立ち寄った村で裁縫道具を買った。
針と糸、それに布。
大した量ではないが、この世界へ来てから初めて買った自分のための物だった。
宿の一室へ戻り、机の上に鏡を置く。
人目のない場所では、こうして鏡に姿を映してもらうことにしていた。
「ミーナ様」
『はい』
「少しお願いがあるんですけど」
『なんでしょう』
裁縫道具を取り出し、鏡へ目を向ける。
「服の刺繍を見せてもらってもいいですか?」
『刺繍ですか?』
「はい」
『こうですか?』
鏡の中で、ぐっと身を寄せてくる。
白いワンピースの胸元が、鏡いっぱいに映った。
近い。
「あの、近いです」
『あ、少し下がりますね』
「後ろも見せてもらえますか?」
『後ろですか』
鏡の中で、くるりと背を向ける。
白いワンピースの裾がふわりと揺れ、その背には小さな翼がついていた。
「なるほど」
『何がですか?』
「秘密です」
『気になります』
「完成したら見せます」
『完成?』
頼んだ通り真面目に姿勢を変えてくれるのが可愛らしくて、思わず微笑む。
裁縫道具の横に置いた布へ視線を落とす。
作りたいものは、もう決まっていた。




