第1章 3話
◇
「この子、あなたの二人目ね」
カーラ様が適当に言う。
二人目の転生者を任された時、最初から決めていた。
今度こそ、絶対に助けてみせる。
光が世界へ落ちていく。
映像が映し出された。
そこにいたのは一人の少女。
長い黒髪に制服姿で、まだ幼さの残る顔立ち。
少女は森へ落ちた瞬間、泣き出した。
『いや……』
震える声。
『いやだ……』
地面へ座り込む。
『帰りたい……』
一人目の少女を思い出す。
あの時は何もできなかった。
ただ見ているだけだった。
だから、今度は違う。
彼女の服に、女神像のネックレスを忍ばせた。
その日の夜。
彼女が空腹にならないよう林檎を落とした。
赤い果実が少女の前へ転がる。
少女はびくりと肩を震わせた。
『……りんご?』
恐る恐る手に取り口に運ぶ。
受け取ってくれたことに一安心し、表情が緩む。
『おいしい……』
その声に、胸を撫で下ろした。
数日後。
『……誰かいるの』
空を見上げる。
『ずっと助けてくれてる』
返事はできない。
『ありがとう』
◇
カーラ様が突然言った。
「ちょっと遊び行ってくるわ」
「はい?」
「百年くらい」
「百年……ですか」
「上には言ってあるから」
「そんなの聞いてません!」
「今聞かせたじゃない」
「じゃ、よろしくー」
軽い声で笑いながら空間へ溶ける。
あまりにも軽く、世界ひとつの留守番を押し付けていった。
あとには、静かな神域と未熟な見習い女神だけが残された。
カーラ様の姿が消えると、神殿を満たしていた光も失われていった。
世界を映していた窓が、一つ、また一つと暗くなる。
最後に残ったのは、少女に持たせた女神像から届く映像だけだった。
『帰りたい……』
小さな声。
『お母さんに会いたい……』
今までなら、何もできなかった。
けれど、今は違う。
カーラ様はいない。
留守を任されたことで、一部の管理権限が開かれている。
すぐに元の世界へ帰すことはできない。
けれど、声を届けるくらいなら。
◇
古びた納屋には、ベッド代わりの藁が敷かれていた。
異世界へ来てから何日経ったのかも分からない。
怖かった。
寂しかった。
「帰りたい……」
ぽろぽろと涙が零れる。
首から下げた女神像を握り締めた。
「お母さん……」
その時だった。
『聞こえてる』
いきなりの声に思わず身体が跳ねる。
女神像が淡く光っていた。
『ずっと聞いてた』
優しくてどこか幼い声なのに、不思議と怖くなかった。
『遅くなってしまってごめんなさい』
喉が震える。
「……だれ?」
『ミーナ』
どこか照れた声。
『女神です』
『まだ見習いだけど』
思わず涙を拭いた。
その声はなんだか想像より頼りなかった。
『怖かったよね』
『もう大丈夫』
その一言で抑えていたものが溢れ、涙腺が壊れた。
「帰りたい……!」
『うん』
「お母さんに会いたい……!」
『うん』
「なんでこんな所にいるの……!」
嗚咽が混ざり、言葉にならない。
それでも、ミーナ様は最後まで聞いていた。
泣き終わるまで。
ずっと。
◇
やがて、泣き声が落ち着いた頃。
ミーナ様は言った。
『あなたを助けに来たの』
『……絶対に幸せにします』
神様としての誓いだった。
けれど私には、まるでプロポーズみたいに聞こえた。
「……へ?」
『だから安心して』
『もう一人じゃないから』
この世界へ来てから、初めてだった。
自分を見つけてくれる存在がいたのは。
突然、目の前の土が盛り上がる。
芽が出て、幹が伸びる。
数秒で一本の細い樹木が生まれ、その枝先には林檎が実っていた。
枝先から一つの林檎が落ちる。
慌てて両手で受け止めた。
見覚えがある。
何度も助けてくれた果実。
「これ……」
『私の』
どこか照れくさそうな声。
『ずっと食べてくれて嬉しかった』
林檎を抱き締める。
また涙が零れる。
「あなたが……」
「助けてくれてたの?」
『そうだよ』
『林檎、すごいでしょ』
(ああ、ずっと私を助けてくれたのは、あなただったんですね)
得意げなミーナ様の声に、私は泣きながら笑った。




