第1章 2話
◇
それから数十年。
見習いとして、世界管理の補佐を続けていた。
雨を降らせ、風を吹かせ、種を芽吹かせて大地に実りをもたらす。
自然にまつわる管理が、豊穣の神として任されている仕事だった。
その一方で、カーラ様の管理の仕方も見続けていた。
転生者を呼び、英雄に仕立てて信仰を集め、飽きれば絶望させ、壊す。
その繰り返し。
信仰を集める方法としては、確かに効率的だった。
けれど、こんな方法が正しいとは思えなかった。
◇
「ねぇ、仲間全員死んだら面白そうじゃない?」
空中の映像には若い転生者が映っている。
昨日まで笑っていた仲間が命を落とし、青年は呆然としていた。
その様子を楽しそうに眺めている。
「いい顔するじゃない」
(くそが)
そんな光景を、何度も見た。
数年おきに、新たな転生者がやって来る。
「最近の子って、すぐ壊れるのよねぇ」
退屈そうに頬杖をつく。
映像の中では、まだ十代に見える少女が崖の上に立っている。
泣きながら空を見上げ、そのまま身を投げた。
「あーあ」
ため息をつく。
「死ぬなら、派手に死んでほしいのに」
本気でつまらなそうだ。
少女の魂は輪廻へ戻っていく。
こんな世界に呼ばれていなければ、彼女の人生は続いていたはずなのに。
◇
ある日、神殿の一室で、カーラ様が新しい転生者と話しているのを見かけた。
「おめでとう、あなたは転生者に選ばれました」
「言葉は通じるようにしておいたから。それでは行ってらっしゃい」
あまりにも適当だった。
光が世界へ落ちていく。
「あの子、あなた担当ね」
「え?」
目を瞬く。
「私にですか?」
「見習い実習」
「好きに見てなさい」
空中へ映像が浮かぶ。
そこに映ったのは、一人の少女。
茶色の短い髪に制服姿で、少し気の強そうな目をしている。
異世界へ放り込まれた瞬間、その目は怒りでいっぱいになる。
『はぁ!?』
森の中に叫び声が響く。
『なにここ!?』
◇
見知らぬ世界に来て三日後、少女は空腹で倒れかけていた。
『くそっ……』
ふらつきながら歩く。
その姿に私はそっと林檎を実らせる。
赤い果実が枝から落ち、少女の前へ転がる。
『……りんご?』
警戒しながら拾う。
『毒とかじゃないよね』
恐る恐る齧る。
次の瞬間、目を見開く。
『うまっ』
その光景に少しだけ嬉しくなる。
それからも、寒い夜は風を弱め、空腹になれば果実を実らせた。
危険な魔物は遠ざけた。
どれも女神としては小さな奇跡だった。
それでも、少女は何度も空を見上げた。
『誰かいるんでしょ』
『見てるなら返事しろよ』
返事はできない。
声を届ける力がないから、ただ見守ることしかできない。
『……ちくしょう』
少女は唇を噛む。
『帰りたい』
その声が妙に胸へ刺さる。
どうにかして、この子を助けたい。
◇
少女はそれからも生き続けた。
人当たりも良く、頭も回った。
だが、世界は優しくなかった。
数か月が過ぎた頃、少女は生きるための選択を迫られた。
力もない。
後ろ盾もない。
帰る方法も分からない。
それでも生きなければならない。
何もできないまま、ずっと見ていた。
そんなある日、カーラ様が妙に機嫌よく話しかけてきた。
「若い女の子ってね」
「なんですか」
「人生を諦める瞬間が、一番いい顔するのよねぇ」
背筋が冷える。
映像の中には、あの少女がいる。
生きているが、もう空を睨んではいない。
帰りたいとも口にしない。
「やめてください」
思わず声が出る。
「なんで?」
本気で分かっていない顔をしている。
「だって面白いじゃない。帰りたいって泣いてた子が、生きるために体を売るのよ?」
心の底から楽しそうだ。
◇
それからも、少女を見守り続ける。
幾度も季節が巡るうちに、薄暗い娼館の窓辺に座る姿も、いつしか見慣れたものになっていく。
その目に、以前のような怒りはない。
何もかも諦めてしまったように見える。
映像から目を逸らしても、その光景は頭から離れない。
何もできないことが、ただ悔しい。
神殿の窓から世界を見下ろす。
あの人たちを助けたい。
元の世界へ返して、家族の元へ帰してあげたい。
そう思うけれど、今の自分には何もできない。
だからせめて、少しでもいいから、見える範囲だけでも誰かを救いたい。
そう、心に決めた。




