第1章 1話
※第1章はプロローグにあたります。
作者が書きたいものは、露悪的な描写ではなく、その先にある救済です。
もしよろしければ、第2章まで読んでいただけると大変うれしいです。m(__)m
◇
星には、それぞれ世界を管理する神がいる。
祈りを受け取り、祝福を与え、文明を導く存在。
少なくとも――建前の上では。
◇
巨大な神殿の前に、一人の少女が立っていた。
緑がかった金髪に、果実のような赤い瞳。
胸元に林檎の刺繍が施された白いワンピースを着て、背には小さな白い翼がある。
少女は神殿を見上げる。
「……ここで合ってるはずなんですけど」
少女の名はミーナ。
まだ正式な管理権限を持たない見習い女神だった。
見習いの神は、正式な管理者である神のもとへ遣わされ、世界運営の補佐をしながら経験を積む。
そして今日、ミーナは初めての研修先の世界に来ている。
この世界を管理する女神は、神々の間でもその手腕を高く評価されていた。
「突っ立ってないで入りなさい」
背後から艶やかな声が響く。
振り返ったミーナは思わず姿勢を正した。
そこにいたのは、黒紫の髪と六枚の黒い翼を持つ一人の女神。
整いすぎたほどの美貌。
どこか温度を感じない瞳には、星のような光が浮かんでいた。
「あなたがカーラ様ですね」
「そうよ」
気だるそうに微笑んだ。
「今日からここがあなたの研修先」
神殿の扉がひとりでに開く。
「まぁ安心しなさい。世界管理なんて慣れれば退屈なだけだから」
その言葉にミーナは小さく眉をひそめた。
世界の管理を「退屈」という言葉で表現する神を、ミーナは初めて見た。
◇
神殿の内部には巨大な窓があった。
その向こうには一つの星が浮かんでいる。
青い海、大陸、都市。
そして、空へ昇る無数の光。
「綺麗……」
「あれが信仰よ。生命が神へ向ける祈り」
それが神の力になる。
学校で習った内容だった。
だが、映し出された世界を見て少し違和感を覚える。
「……文明の発展が遅くないですか?」
映像には教会や騎士が映っている。
中世程度の文明で、それ以上に進んでいるようには見えなかった。
「止めてるもの」
「止めてる?」
「文明が発展すると信仰が減るのよ」
空中に別の世界の映像が映る。
高層建築、医療、飛行する機械。
「便利になると神を見なくなるの」
そう言って笑う。
「病気が治せるようになると奇跡はいらない」
「空を飛べるようになると天を見上げなくなる」
そして、あっさりと言った。
「だから適度に壊すの」
「……壊す?」
「戦争とか」
指を折りながら続ける。
「災害とか」
もう一本。
「魔物とか」
三本目。
「人間は苦しい時しか祈らないもの」
「こういうの学校じゃ教えないでしょ?」
穏やかな声だった。
だからこそ怖かった。
「あと、最近の流行りは転生者ね」
まるで雑談の続きのように話題を変える。
「別世界から人を呼ぶんですか?」
「そう」
「転移とか召喚とか、呼び方はいろいろあるらしいけど。面倒だから全部、転生者でいいのよ」
指を鳴らすと、映像が切り替わった。
そこには、見慣れない景色に目を輝かせる黒髪の青年がいた。
『マジで異世界か……』
青年は、夢のような世界を前に心の底から笑っていた。
「最初に呼んだ子」
映像の中で青年は刀を振るい、その人生が流れていく。
仲間と出会い、名声を得て、英雄になり、恋人と結ばれる。
「最初だから加減分からなくてね」
懐かしそうに笑った。
「身体能力も魔力も盛ったし」
「不老不死まで付けちゃった」
「不老不死ですか?」
「良い暇つぶしになるでしょ?」
「まぁ最初の数人だけよ。最近は付けてないけど」
「なんでですか?」
「長持ちしすぎても飽きるから」
言葉を失った。
◇
映像の中には、引き続き青年の人生が映し出されている。
そこには穏やかな家庭があった。
隣には金髪の女性がいて、暖かな家には柔らかな灯りがある。
幸せそのものだった。
「結婚したのよ」
その光景に表情が和らぐ。
「まぁ、見てなさい。ここからが面白いんだから」
だが、次の瞬間。
空が裂け、巨大な白竜が姿を現した。
神話のような存在が口を開く。
閃光が降り注ぎ、街が消えた。
音すら置き去りにして、そこにあった全てが消滅する。
残ったのは巨大なクレーターだけだった。
思わず息を呑む。
「……なんですかこれ」
「私のペット」
「かわいいでしょう?」
青年が瓦礫の中で立ち上がる。
呆然と周囲を見回す。
走る。
叫ぶ。
誰かの名前を呼ぶ。
返事はなく、何も残っていない。
「見て」
嬉しそうに声を弾ませる。
「この顔」
青年が空へ向かって絶叫する。
怒り、悲しみ、絶望。
その全てが混ざった叫び。
「最初はキラキラしてたのに」
「壊れる瞬間って綺麗なのよねぇ」
その言葉を聞いた瞬間、ミーナは初めて心の底からこの女神を嫌悪した。
◇
再び指を鳴らすと、また映像が変わる。
映し出されたのは地下牢。
暗闇の中で鎖につながれた一人の男がいた。
伸びた黒髪に、痩せた身体、虚ろな瞳。
思わず息を止める。
さっきの青年だった。
「まだ生きてるんですか……?」
「不老不死だもの」
「千年くらい経ったかしら」
千年。
力なく項垂れている。
何も言わない。
何も感じていないように見えた。
「最近は兵器扱いね」
つまらなそうに肩をすくめる。
「災害を起こした後に放り込めば、大体なんとかしてくれるし」
道具を語るような口調だった。
拳に力が入る。
あの絶叫だけは、今も耳に残っていた。
(くそが)




