第3章 8話
◇
月明かりの下、闇に向かって素振りを繰り返す。
あの林檎のおかげか、牢にいた頃とは比べものにならないほど身体は動くようになった。
それでも、昔には遠い。
「……まだまだだな」
構え直したところで、胸元のペンダントから声が聞こえた。
『ユウキさん』
「どうした?」
『今、少しお話ししてもいいですか?』
「ちょうどいい。俺も聞きたいことがあった」
刀を鞘へ戻し、近くの岩へ腰を下ろす。
『その、聞きたいこととは?』
「まず一つ目なんだが、転生者ってのは結局何なんだ?」
『私も見習いなので、詳しく知っているわけではないのですが』
『カーラ様が言うには、別の世界から人を呼ぶこと自体は、管理者の間では珍しくないそうです』
『ただ、カーラ様にとっては遊びに近かったのだと思います』
「遊び……」
驚きはない。
あいつの言葉の節々から感じていたことが、事実として語られただけだ。
『カーラ様自身の嗜好もあると思いますが、転生者を信仰を集めるための舞台装置として扱っていました』
『今でも数年周期で転生者を呼んで英雄に仕立て上げることで、教会の権威を高めていますね』
随分と手慣れたもんだ。
「……そうか。不老不死については?」
『最初の何人かに付けたとしか。詳しい人数は把握していません』
「少なくとも、俺と旅をしていたメンツは不老不死だったな。他にも会った奴は何人かいるが、連絡を取り合ってたわけじゃないし、俺も自暴自棄になっていたから判断はできない」
というか、覚えてない。
「英雄に仕立て上げるってのは?」
『魔王と呼ばれる存在を作り、魔物が組織的に人を襲うよう仕向けたりしています』
「魔物はカーラが作ったのか?」
『この世界にいる魔物の多くは、カーラ様が作ったものです』
「何のために?」
『人々に脅威を与えて、神へ祈る理由を作るために』
「魔王も……」
『はい』
一度、目を閉じる。
魔物を倒し、魔王を倒した。
世界を救っているつもりだった。
「わかってはいたが、最初から全部あいつの掌の上だったってことか」
『……すみません』
「なんであんたが謝るんだよ」
『同じ神として』
「俺が恨んでるのはカーラだ」
ペンダントを見下ろす。
「あんたじゃない」
『……ありがとうございます』
「礼を言われることでもないだろ」
「でも、昨日あんたは魔物にも話が通じるって言ってたよな」
『はい』
「カーラが作ったのに?」
『生まれた経緯はそうでも、長い時間をかけて繁殖し、この世界に根づいています』
「今は普通に生きてるってことか」
『はい。この世界の生き物です。もちろん、縄張りに入れば襲われることだってあります』
そういうものか。
「最後になるが、あの白竜は何なんだ?」
『カーラ様が、この世界を外からの干渉から守るために置いた守護獣です』
「守護獣?」
眉をひそめる。
「何かを守ってるところなんて見たことないぞ。俺が見たのは、破壊する姿ばかりだ」
「あれは災害みたいなもんだ」
『言ってしまえば、別に人類を守っているわけではありません。守っているのは、あくまで世界です』
「違いがあるのか?」
『そうですね。簡単に実演してみましょうか』
少し離れた地面が盛り上がり始める。
小さな芽が伸び、幹が膨らみ、やがて人型へ変わっていった。
魔物のトレントだ。
『私でも、これぐらいならできます』
『さて、これで来てくれるはずです』
何が来るってんだよ。
『さすがに早いですね。上を見てください。来ました』
夜空を見上げる。
不自然な裂け目のようなものが開いていた。
その隙間から、奴の眼がこちらを覗いている。
すると、ミーナが空に向けて喋り始めた。
『現在、カーラ様に代わって代理で管理を任されているミーナです』
『お試しで魔物を作っただけで、危害を加えるつもりはありません』
なんだ?
あいつと話してるのか?
『私の力には反応しなくて大丈夫です。今後も見逃していただけますか』
言葉を理解したのか、次元の裂け目がゆっくりと閉じていく。
『分かりましたか?』
その声とともに、トレントも土へ還っていった。
「いや、理解が追いついてない。どういうことだ?」
『カーラ様以外の神も、この世界に魔物を創ることはできます』
『他の神がこの世界に魔物を創るのは、たいてい嫌がらせのようです』
『カーラ様の足を引っ張るために、この世界へ魔物を送り込むそうです』
『そういった魔物は、人類には太刀打ちできません』
『その対処のために、白竜は存在しています』
スケールが違いすぎる。
物腰の柔らかさと丁寧な口調で薄まっているだけで、言葉一つであの白竜が指示に従う。
こいつも神なんだ。
ようやく実感が湧いた。
「どんな存在かは分かった。じゃあ、なんで人間の街を滅ぼす?」
『それは……魔物同様、そう指示されたとしか』
『本来の役割ではありませんから』
「じゃあ、あれは」
『カーラ様から直接命令を受ければ、そちらを優先すると思います』
「なるほどな」
あんたの「お願い」は聞く。
けれど、カーラが命じれば人を襲う。
どこまでも、あいつの都合で作られた世界だった。
「それにしても、あんたもあいつに思うところはあるんだろ?」
「今ここにいないなら、様なんて付けなくてもいいだろ」
『階級もありますし、上司ではあるので』
「律儀だな」
◇
話を終える頃には、東の空が薄く明るくなり始めていた。
刀を握り直し、最後に何度か振って身体の動きを確かめる。
それから二人のところへ戻った。
焚き火はとっくに消え、二人ともまだ眠っている。
近くには旅の荷物が置かれたままだった。
昔なら考えられない。
野宿をする時は、必ず交代で見張りをしていた。
火を絶やさないように。
魔物の気配を見落とさないように。
「……懐かしいな」
こうして旅をしていると、楽しかった頃のことを思い出す。
俺にも、未知の世界に心躍る時があった。
昨夜聞いた言葉が頭に浮かぶ。
獣も魔物も、二人を襲わないよう頼んでいる。
周囲に荒らされた跡はない。
木々も静かに揺れているだけだ。
この世界が、二人にとって少しだけ優しいものになっている。
「本当に守られてるんだな」
火の番すら必要ない。
のどかだ。
俺が知っていた旅とは、ずいぶん違う。
やがて、二人が目を覚ました。
「おはようございます」
「おはよう」
「もう起きてたんですか?」
「今戻ったところだ」
「……もしかして、寝てないんですか?」
「ああ」
「大丈夫なんですか?」
「寝なくても死なないしな」
「……そうですか」
困ったような顔をしている。
不老不死のことを口にするたび、こんな顔をされている気がする。
しばらく人と話していなかったせいか?
調子が狂う。
◇
旅を再開すると、横を歩くサチから声が飛んできた。
「そういえば、ユウキさん」
「なんだ?」
「好きなことってありますか?」
「好きなこと?」
「はい。前にキョウさんにも聞いたので」
好きなこと。
何があっただろう。
大学に通っていて、友達もいた。
たぶん、何か趣味だってあったはずだ。
映画だったか。
ゲームだったか。
音楽だったか。
思い出そうとすると、どれも輪郭が薄い。
代わりに浮かぶのは、星空の下で聞いた歌声とセシリアの笑顔だった。
結局、思い出すのはセシリアか。
少し笑いそうになる。
こいつらに話すようなことでもない。
「好きなことか……なんだろうな」
「思いつきませんか?」
「ああ。昔は何かあったと思うんだけどな」
「じゃあ、好きな食べ物は?」
「食べ物?」
それなら一つ浮かんだ。
「昔、よく食ってた果物がある」
「どんなものですか?」
「小さくて、少し酸っぱいやつ。安かったから旅の途中でもよく買ってた」
『それなら、記録にあります』
「今もあるのか?」
『似たものはありますが、当時食べられていた品種は、もうほとんど栽培されていません』
「……そうか」
九百年。
それだけあれば、果物一つくらい変わってもおかしくない。
セシリアも好きだった。
俺より、よく食っていたかもしれない。
それは口には出さなかった。
「似たものも見つけたら食べてみますか?」
「見つけたらな」
「はい」
昔と同じ味はしないだろう。
それでも、少し気になった。
◇
それから数日、朝になれば歩き、日が沈めば休んだ。
夜になると、少し離れて身体を動かす。
「今日も寝ないんですか?」
「寝なくても平気だからな」
別の日の食事時。
「ユウキさんもどうぞ」
「俺は林檎でいい」
「またですか?」
「こっちの方が効率いいし、食わなくても死なないからな」
その次の日。
「寒くないですか?」
「これくらいなら平気だよ。凍えたって死なないし」
「ねえ」
声の温度が変わった。
「そういうの、もうやめなよ」
「何が?」
キョウの目には、怒りに近いものが浮かんでいた。
何を怒らせたのか分からず、すぐには返事が出てこない。
「死なないからいいとか、死なないから平気とか」
「ブラックジョークか何かのつもり? こっちは反応に困るんだけど」
「……私も、少し困ります」
「そうなのか……」
別に、自虐しているつもりはなかった。
眠くても、腹が減っても、寒くても。
死んでも生き返る。
なら、身体のことを気にするだけ無駄だ。
そうやって過ごすようになっていた。
「……すまん」
「いちいち謝るのもいいから」
「分かった」
手の中の黄金の林檎を見る。
身体を維持するだけなら、これだけで十分だ。
効率もいい。
何も間違っていない。
「今日の飯、まだあるか?」
「ありますよ」
すぐに器が一つ増えた。
「じゃあ、貰う」
温かい湯気が顔に当たる。
一口食べる。
「……うまいな」
「よかったです」
それだけだった。
それだけなのに、こうやって誰かと同じものを食べるのは随分久しぶりな気がした。
◇
その日は、明るいうちからそれぞれ好きに過ごしていた。
俺は引き続き鍛錬。
サチは女神と話しながら裁縫。
キョウは以前釣りの話をしていたからか、近くの川へ出かけている。
「サチ~」
しばらくして、遠くから声が聞こえた。
「なにかあったんですか?」
「見てこれ。めっちゃ変なの釣れた」
戻ってきたキョウが、釣り糸を持ち上げる。
その先には、藻の塊のようなものがぶら下がっていた。
「これは……魚? なんですか」
「見てみ。こんな見た目だけど、ちゃんと魚なんだよ」
よく見ると、藻のように垂れた部分の隙間から丸い目と口が覗いている。
「これ食べれる?」
『食べられるみたいですよ』
「えっ! 食べるんですか」
「いいじゃん。せっかく釣ったんだし食べようよ」
話している間にも、調理の準備が進んでいく。
「ユウキさんも食べる? そんなに量ないけど」
「俺はいい……いや、食べる」
「よし!」
内臓と皮を落とし、あとは焚き火で焼くだけ。
処理されてしまえば、見た目は普通の川魚と大差ない。
「味薄いし、見た目ほどインパクトないな。今回限りでいいや」
「ですね」
「全然食える方だな」
「今までどんなもの食べたりしたんですか?」
「一緒に旅してた奴に、好奇心が人一倍強い奴がいてな。虫の魔物食ったりもしたよ」
「げぇ」
「本当にあの頃は馬鹿だったな~。でも楽しかったよ」
「そんなんなら残りあげる」
「いや、自分で釣ったんだから最後まで責任持てよ」
(……あれ)
「自分で食べると言ったんですから、責任を持って残さず食べてくださいね」
呆れた顔で皿をこちらへ押し返してきた人の姿が蘇る。
楽しかった頃の景色が、ふっと重なった。
(先生も、こんな気持ちだったのかな)




