第4章 1話
◇
街道を進んでいると、向こうから一台の馬車が近づいてきた。
飾りは少ないが、扉には教会の印が入っている。
すれ違った後、前を歩いていたユウキさんが立ち止まった。
「どうかしましたか?」
「……今の馬車、中から魔力を感じたぞ」
『神官が乗っていたのでしょう』
「神官って、魔力持ってるの?」
『高位の神官には、カーラ様から魔力が与えられています』
「じゃあ、魔法が使えるのか」
『主に回復魔法ですね。神の奇跡として扱われています』
遠ざかっていく馬車へ、視線を向ける。
「……それも信仰を集めるためか」
『そうですね』
空気が少し重くなったのを感じる。
この世界の魔法は、あまりいい印象ではないのかもしれない。
(でも、魔法ってやっぱり憧れる……)
「あ、あの、私もいつか魔法、使ってみたいです!」
『いいですね。できるようになったら、一緒に試してみましょうか』
「はい!」
『やってみたいことはありますか?』
「火を出したり、水を出したり……」
「出して何するの? 戦いたいわけじゃないでしょ」
「だって魔法ですよ? それに火起こしとか水の確保とか便利そうじゃないですか」
「実用的だねぇ~。まあ、その方がサチらしいよ」
「あと、動物と話してみたいです」
『動物と?』
「ミーナ様は、できますよね」
『ええ。話す、というのとは少し違いますが』
「どんなことを考えてるのか知ってみたいです」
それから、腕の中へ目を向ける。
「ミーナ様が見てる世界って、どんな感じなのかなって」
『そうですね』
『……それなら、いつか一緒にやってみましょうか』
「はい!」
ふと、前の方から視線を感じた。
「どうかしましたか?」
「いや」
「楽しそうだなと思ってさ」
「楽しいですよ」
「……いいな」
「え?」
「いや。そういうのでいいと思う」
そう言って、再び歩き出した。
◇
しばらく歩いたところで、前から声がした。
「そういや、まだ話してなかったな」
「何をですか?」
「これから行くところに、俺の知り合いがいるかもしれないんだ」
「前に話していた、一緒に旅をしていた方ですか?」
「ああ。イヨリっていってな。中学生で、よく泣いてた」
「中学生だったんですね」
自分よりも年下の子が、同じようにこの世界へ連れてこられていた。
「……最後に会ったのは、俺が地下牢にいた時だ」
「カーラがその身体を使って現れた」
「身体を……?」
『依り代ですね』
「女神様のぬいぐるみとは違うの?」
『仕組みとしては同じです。ぬいぐるみの代わりに、人の身体を依り代にしています』
「じゃあ、身体を借りるのをずっと続けてる感じ?」
「お前たちは経験があるのか?」
「あるよ。ちょっと疲れるくらい」
「……なんともないのか」
「私は平気だったよ」
「私もです」
「どんな感じなんだ?」
「身体が勝手に動いてるのを、少し離れたところから見てる感じかな。モニター越しっていうか」
「意識はあるのか」
「あるよ。女神様とも話せる」
『一時的に身体の主導権を借りているだけですから』
「俺が知っているのとは随分違うんだな」
「カーラに身体を使われた奴は、みんな死んでた」
言葉を失う。
自分もミーナ様に身体を貸したことがある。
けれど、そんな危険を感じたことはなかった。
『長時間、神の力を人間の身体に留め続けるのは良くありません』
「じゃあ……憑依された人間が不死身だったら、どうなる」
ミーナ様の返事はすぐにはなかった。
『肉体だけなら、耐えられる可能性は高いと思います』
「……肉体だけ?」
『はい。ですが、精神への影響までは分かりません』
「イヨリも不老不死だった。……まだ間に合うかもしれない」
『向かっている場所にいる可能性が高いということですか?』
「確証はない。でも、カーラの依り代として使われてたなら、教会が何か知ってる可能性はある」
『会えるといいですね』
「……ああ。そうだな」
依り代。
もし、ミーナ様にもっと長く身体を貸して一緒にいたら、空を飛んだり、森の中で木や動物たちと話したり。
きっとそんな穏やかな景色を見せてくれる気がする。
けれど、イヨリさんが見ていた景色は、きっとそうじゃない。
身体を使われている間、どんなものを見ていたのか。
私には、想像もつかなかった。
◇
街道の先に、白い建物が増えてきた。
遠くには、他よりひときわ大きな建物も見える。
目的地は近いらしい。
「今さらなんだけどさ、これから行くところって、言ってみれば敵の本拠地でしょ」
「まあな」
「普通に入って平気なの?」
「王都でもそうだっただろ」
「あの王様?」
「ああ。カーラの正体を知ってる上の連中は、別にあいつをありがたがってるわけじゃない」
「なんで? 信仰してるんでしょ?」
「滅ぼされたくないから従ってるだけだ」
「だったら、カーラが今ここにいないって分かれば、むしろ喜ぶだろうよ」
『そういうものでしょうか』
「少なくとも、いきなり攻撃されることはないだろ」
そう言い切った。
その少し先には、国へ入るための門が見えていた。
◇
門の前には数人の兵士が立っていた。
旅人の出入りは多くない。
私たちの順番になると、一人がこちらへ近づいてくる。
その視線が、ユウキさんへ向いた。
腰に差した刀を見て、兵士の動きが止まった。
「どうした? 俺に何かあるのか?」
目に動揺の色が見える。
「まさか……」
顔を見上げ、一歩後ずさる。
「転生者……ユウキ」
周囲の兵士が一斉にこちらを向いた。
次の瞬間。
「敵襲――!」
「え?」
門の上から鐘が鳴った。
一つではない。
遠くからも、次々と同じ音が響き始める。
まるで国中に知らせているみたいだった。
「……何これ」
背後から、呆気にとられた声が聞こえる。
門が閉まり始め、城壁の上に兵士たちが集まってくる。
「ユウキさん?」
「……」
妙に落ち着いていて、むしろ少し呆れたように門を見上げている。
「何か心当たりあるの?」
「まあ……ある」
「あるんですか?」
「昔、女神像を壊して回ってた時期があってな」
「……」
「この国にも何度か来た」
鐘はまだ鳴っている。
「何百年前の話だよ……」
『私が話してみましょうか?』
「いや、今はやめとこう」
すでに門は閉ざされていた。
「とりあえず離れるぞ」
「離れるって――」
そう言うと、こちらへ歩いてきた。
腰を落とし、むーちゃんの腹の下へ潜り込む。
「え?」
次の瞬間、足元の地面が一気に遠ざかった。
「えっ」
むーちゃんごと、全部まとめて持ち上げられている。
「ちょっと待って!」
「ちゃんとつかまってろよ」
「そういう問題じゃ――」
ミーナ様を抱えたまま、空いた手で鞍にしがみつく。
走り出した瞬間、身体がふわりと浮いた。
(あっ、身体が浮いちゃう)
後ろから伸びてきた腕が、腰を抱き寄せる。
「ちゃんと頭伏せてて」
もう片方の手で鞍を掴み、私ごと支えてくれる。
慌てて顔を伏せた。
横目に見える景色が、ものすごい速さで流れていく。
◇
門から離れた森の中、木々に隠れる位置まで来ると、ようやく地面へ下ろされた。
「結構危なかったんだけど」
「……次は先に言う」
『皆さん、お怪我はありませんか?』
「はい、大丈夫です」
「……力、すごいんですね」
思わず口から出た。
「まだ本調子じゃないけどな」
遠くでは、まだ鐘が鳴っている。
「で、いきなり攻撃されることはないって言ったの誰だっけ?」
「……悪かった」
『これからどうしましょうか』
「向こうが落ち着くまで、ここで様子を見るか」
やがて鐘の音がしだいに消えていき、森が静かになった。
「止まったね」
「ああ」
しばらくすると、街全体へ届くように増幅された声が、森の中まで響いてきた。
『転生者ユウキよ』
その声を聞いた瞬間、ユウキさんが動きを止めた。
『話をしましょう』
『兵はすでに引き上げてあります』
落ち着いた男性の声だった。
『どうか、こちらへいらしてください』
声が途切れ、森に静けさが戻る。
「……先生」
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