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――ズズズズズンッ!!

足元の大地が、先ほどとは比べ物にならないほどの凄まじい地鳴りとともに激しく揺れ動いた。 「なっ……嘘だろ……!?」 クレーン車のフックにぶら下がりながら、カイが血の気を引いた顔で穴の底を凝視する。

『モオオオオオオオオオッ!!!』

暗黒の底から湧き上がってきたのは、地獄の咆哮のような凄まじい怒号。一度は落とし穴へと堕ちたはずの牛の魔物が、底知れぬ怨念と異常なまでの生命力で、岩肌を爪でえぐりながら這い上がってきていたのだ。完全に見境をなくし、怒り狂った魔物の赤黒い眼光が、暗闇の中でギラギラと輝いていた。

「ちっ!しつっけえんだよクソ牛が!! 新人、乗れ!」

ワタリはクレーン車からカイを降ろすと荒々しく助手席へ引っ張り上げた。ナビラビも急いでカイの肩にしがみつく。そのまま3人は急発進でその場を飛び出した。

しかし、完全に理性を失い、狂気と化した魔物の猛烈な追撃は容赦なかった。

「うわあああっ、追いつかれるっ!」 「黙ってしがみついてろ!」

バックミラー越しに迫る巨大な影。車体のすぐ真後ろへと肉薄した魔物が、渾身の突撃を叩きつけてくる。紙一重のハンドルさばきでどうにかその直撃をかわしたものの、魔物の凄まじい突進の余波は周囲の建造物を容赦なく粉砕した。

『メキメキメキ……ガシャアンッ!!』

道路脇にそびえ立っていた雑居ビルが、轟音とともに耐えきれず崩壊を始める。 「危ないっ――!」 崩れ落ちた巨大なコンクリートの瓦礫の群れが、逃げるクレーン車の頭上へと容赦なく降り注いだ。

「ぐっ……! くそっ!」

咄嗟に身をかばったワタリだったが、降り注いだ鋭利な瓦礫の破片が運転席のフロントガラスを突き破り、彼の体を直撃した。 激しい衝撃とともに、ワタリは重傷を負って運転席でぐったりと崩れ落ちる。コントロールを失った車体はビルの壁面へ激しく激突し、ワタリ達は反動で車の外へと投げ出される。

追い詰められた絶望的な沈黙の中、容赦なく魔物がトドメを刺さんと巨体を近づけてくる。 ――もはや、打つ手なし。

冷たい絶望が全身を貫き、すべての覚悟を決めたその瞬間。


世界が、音を失った。


『――ターゲット確認。神界特命物流・派遣コード009。これよりトラブル処理を開始します』


静寂を引き裂くように響いた無機質な音声と同時に、頭上の暗黒の夜空に青い魔法陣が浮かび上がる。

吹き抜ける凄まじい暴風が、カイの髪や舞い上がった土煙を激しく押し戻していく。


裂けた空間の隙間から溢れ出したのは、すべてを圧倒する鮮烈な青き光。

その光の中央に、まるで天界から舞い降りた天使の如く、彼女はいた。


闇夜に美しく映える鮮やかな薄紫のツインテール。近未来的な輝きを放つプロテクターとホットパンツに身を包んだ、小柄ながらも凛としたシルエット。そして耳元には大きな青いヘッドホン。停止したクレーンの眼前へ、彼女は静かに舞い降りた。――だが、土煙の向こうに現れたその姿をはっきりと認めた瞬間、カイは恐怖を忘れて思わず目を剥いた。


(……え? うそだろ、子供……!?)

――しかし、その認識はコンマ数秒後、あまりに凄惨な現実をもって激しく覆されることとなる。

少女は微塵の躊躇も見せず、無駄のない洗練された動作で自分の身の丈ほどもあろうかという巨大なバズーカ状の武装を背中から軽々と引き抜いた。その瞳に宿るのは、子供のあどけなさなど微塵もない、冷徹な戦闘者の眼光だった。

「目標捕捉。――排除開始」

彼女の呟きと共に、周囲の空間から無数の眩い光の粒子が吸い寄せられるようにバズーカの銃身へと凄まじい勢いで収束していく。極限まで圧縮されたエネルギーが耳をつんざく高周波の駆動音を響かせ、引き金が絞られたその瞬間――。

ズキューーーーンッ!!

蓄えられた光が一気に解き放たれ、夜の闇を貫く灼熱の直線状のビーム砲と化して轟音とともに放たれた。空間そのものを焼き焦がす閃光は、無慈悲な暴虐を振るっていた雄牛の魔物の顔面を完璧に直撃する――!

「リミットまであと5分――私が時間を稼ぎます。あなたたちはその隙に転送の準備をしてください」

言い終わるや否や、彼女は素早い動きでバズーカから小型銃に切り替え、魔物に向かって疾駆していった。

その冷静な指示を受け、カイとナビラビはハッと我に返る。

「わかったっピ! 新人、早くワタリを担ぐっピよ!」

カイトナビラビは崩壊したビル脇の瓦礫の中で、重傷を負ってぐったりとしているワタリに駆け寄った。まだ意識は辛うじてあるものの、まともに歩ける状態ではない。

「くそっ、ドジ踏んじまったな、おい、新人。……俺のことはいいから置いてけや」

「なにらしくないこと言ってんですか、しっかりしてください! ほら、立って!」

カイはワタリに自分の肩を貸し、体を支えようとするが、ワタリは痛みに顔を歪めながら立ち上がる。

「ちっ……なら、腹くくれ。生きて帰りたかったら運転はお前がやるんだ。俺はこの通り両手がお釈迦になってらぁ」

「は、はあ!? 僕、免許なんて持ってないですし、車なんて運転したことないです!」

「あのデコトラのトランスミッションは魔法駆動だ。魔力を流し込んでアクセルを踏み込めば、気合いでなんとかなる!」

「そんな雑な教習アリですか!?ってか、魔力を流すって!?」

「急ぐっピ、あと少しで魔法陣が修復するっピ!」

言い合っている暇もない。なんとかトラックまでたどり着くと、ナビラビも反対側から宙で支えながら、カイは重傷のワタリをどうにか助手席へと押し込み、自身も運転席へと飛び乗った。

次の瞬間、頭上の夜空に、ひときわ眩い青色の光を放ちながら巨大な魔法陣が完全に展開される。

『――空間転送、同期完了。回収対象、トランスファー開始』

無機質なシステム音声が夜の街に響き渡り、トラックごと魔物を包み込むような光のバリアが形成されていく。

『よくやったわ二人とも! 魔法陣の復旧完了よ!』

ナビラビのツノが光り、ホログラムがパッと左右に分割して映し出される。一方の画面にはミドラーの歓声が、そしてもう一方の画面には、銃口が光る小型銃を手にした少女の姿が映し出された。彼女は単身で魔物の猛攻をかわし、激しい銃撃戦の末に、いよいよ瀕死の魔物を追い詰めているところだった。その周囲には、熾烈な戦いを物語るように微量の粒子が舞い散っている。

『よし……こっちもあと一撃で制圧できそうね!』

少女が小型銃を構え、まさにトドメの光弾を放とうとしたその瞬間――。

ピピピ、ピピピピピピ――!!

彼女の耳元、そしてナビラビの通信機から、タイマーが鳴り響いた。

「――接続時間上限に達しました。定時ですので本日の業務を終了します」 「へ……?」 『――それでは、お疲れ様でした。神界特命物流、これより定時退社します』

あともう一歩で魔物を完全撃破できるというその絶妙なタイミングで、少女は迷いなく銃を下ろす。呆気にとられる一同の前で、彼女は颯爽と敬礼をし、映っていたホログラムはぷつりと途切れた。

『あ、あれれ〜?クーリエちゃん…?…まさか帰った!?』

ミドラーの慌てた声にも返答はない。ふいに 攻撃対象を失った魔物は、一瞬混乱した様子をみせたものの、怒りのままにこちらへ向き直った。虫の息ではあるものの、最後の力を振り絞って突撃の姿勢を見せている。

「おい新人、やるなら今しかねぇ! オラ、右足!アクセル踏め、発進するぞ!」 「む、無理無理無理! ぶっつけ本番で謎原理のデコトラとかハードル高すぎますって――!!」

血相を変えてブンブンと両手を振るカイに、ワタリは痛みに歯を食いしばり苛立ちながら蹴りを入れる。

「んなもん知るか! 魔法陣の同期はもう完了してんだ、あとはこの車ごとカチコんでくだけだろうが! 今ここで踏めなきゃ男じゃねえぞ! やれ!」

「無理ゲーすぎますってそんなの! っていうかそんな元気ならワタリさんが踏めそうですけど!?」 「ぷぎゃ! 魔物がこっち見たっピ! 新人、はよ発進するっピよーーっ!!」

「ーーっ!!もうどうなっても知りませんからね〜っ!」

急かされるままにカイは半泣きで震える手でハンドルを握りしめ、アクセルペダルを思い切り踏み込んだ。 魔法陣の光を纏ってエンジンが凄まじい咆哮を上げ、デコトラは暴走すれすれの勢いで、迫りくる魔物へと真っ向から豪快に突っ込んでいく。

激突する寸前――直ったばかりの魔法陣がまばゆい光の奔流となって爆ぜ、魔物は空間の歪みの中へと強引に引きずり込まれ――そのまま魔法陣の彼方へと消えていったのだった。


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