社会は理不尽に塗れている
プルルルルルルッ!! プルルルルルルッ!!
(あー、うるさいな!もう少し寝かせてくれよ…!)
カイは耳障りな電話の音で目を覚ました。体が泥のように重い。
夢だったら、どんなに良かっただろう。淡い期待を抱き薄目を開けるが、目に入ったのは雑多なオフィスと簡素なパイプ椅子×2に寝かされている自分だった。
残念ながら、どうやら今までのことは現実に起こったことらしかった。
雑多な事務所の片隅に置かれた特設の異世界直通電話が、耳をつんざくような電子音で鳴り響いている。薄水色の髪の女性ーミドラーが急いで受話器を取る。
「はいはい神界特命物流 転生課です! あー、ファンタジー第4管区の神様ですか? ええ、お疲れ様です! 今そちらに一件、トラブルの元凶を転送しましたけど――は? 『魔物の姿のまま空から降ってきて、王都が大パニックになってる』!?」
受話器を耳からパッと離し、ミドラー課長はこめかみを押さえながら絶叫した。
「はい、はいー!そうは言われましても、こちらにも都合がー受け取り拒否!?いやそれはできかねます、はい!いえ、こちらもイレギュラーでですね…!はい、はいでは!!」
強引にガチャギリした後、盛大にミドラーはため息をつく。
「ちょっとワタリ! なんで魔物の外皮剥がさずにそのまま転送してんのよ!? 向こうの王宮騎士団が出動して大騒ぎになってるじゃない!」
「お前もさっきの流れを見てただろーが! ありゃ不可抗力、不可抗力!あとはあっちの奴らがどーにかすんだろ、知らんけどよぉ!」 ワタリはソファに深々と腰掛け、ゲラゲラ笑いながらタバコの煙を天井に吹き上げた。いつの間にか両手は使えるようになったらしい。
「『知らんけど』で済むかーっ! あー胃が痛い! ていうかそもそもなんで転生者が魔物なんかになってんのよ!」
ミドラーが胃薬をボリボリとヤケクソ気味に噛み砕いている間にも、壁のモニターには転送先の異世界の映像が生々しく映し出されていた。
『な、なんだこのバケモノはーっ!? 突如空から降ってきたぞーっ!』 『武器を構えろ! 一歩も近づくな!』
中世風の石畳が広がる王都の広場。幾人もの武装した王宮騎士や衛兵たちが、槍を突きつけて巨大な魔物を厳重に取り囲んでいる。追い詰められた魔物は、全身をボロボロにしながら荒い息を吐いていた。
「ひっ、姫! 危険でございます、どうかおさがりください!」 「お逃げください、御身に何かあっては……!」
必死に制止する衛兵たちの声をよそに、可憐な金髪の女性が輪から進み出、一歩、また一歩と臆することなく魔物へと歩み寄っていく。その瞳には、恐怖ではなく深い慈愛の色が宿っていた。
「……大丈夫です。この方は、傷ついているだけ」
姫がそっと魔物へと手を伸ばした、その瞬間――。 眩い光の粒子がボロボロの巨体を優しく包み込み、禍々しい外殻がハラハラと音を立てて崩れ去った。
そこから現れたのは、さえないボサボサ頭の現代の男――すっかり元の姿に戻ったあの重課金者だった。
『……え? ここ……どこ……?』
目を白黒させる男の足元がふらつき、そのままバランスを崩してガクンと崩れ落ちる。――だが、彼が硬い石畳に打ちつけられることはなかった。 気がつけば男は、優しく駆け寄ってきた金髪のエルフの姫の膝の上に、ふんわりと頭を預けるようにして横たわっていたのである
状況を把握できず混乱した男はまさか自分が「お姫様の膝枕」という至高のシチュエーションにあっていることに気づくと、感極まって声を詰まらせる。
『は?!なに!?ここは天国か……? 最推しが、現実に…!?俺、死んだのか?! いや、もうそれでも構わない……!!』
男はぽろぽろと大粒の涙を流し、目の前のエルフの姫の服の裾をぎゅっと握りしめながら、歓喜の絶叫を上げた。 そんな取り乱す彼に対し、可憐な金髪のエルフの姫は優しく微笑み、そっとその頭を撫でながら告げる。
『どうかご安心ください。私は最初から、あなたがこの世界を救うために現れてくださった「救世主様」だとわかっていましたから』
――ガチャの天井を突き抜け、リアル(現実)の限界を超えた男にとって、そこはまさに、夢にまで見た祝福の地だったのである。
「俺の課金は報われたんだ!!」天に向かってガッツポーズを掲げる男。
「――まあ、結果的に本人は幸せそうだし、一件落着ってことでいいんじゃない?」
ミドラーがモニターの映像をぷつんと切り、パンッと手を叩いた。
「さ! カイくんだったわよね、初仕事ご苦労様! 手違いで連れて来ちゃったのは申し訳なかったけど、君の機転はナイスだったわよ! はいこれ、今回の給料明細兼、危険手当ね!」
「給料……! いや、僕はもう一刻も早く帰りたいんですけど、手当が出るならまあ……」
バイトのことなんてすっかり忘れていた。もらえるものだとも思っていなかったが、出るのであれば多少の寸志であれ、死にかけたかいがあったというものだ。 カイは少し期待を込めて封筒を開き、中の明細書に目を通した。
基本日給:15,000P(P:ピリカ)
危険手当:+10,000P
現場トラブル協力金:+5,000P
【天引き・控除】
ハッピー特製4トントラック・フロント大破修繕費:-1,200,000P
転送魔法陣緊急補修・術式シール代:-500,000P
環境修復および原状回復費:-3,000,000P
住民安心安全確保のための記憶調律代:-2,500,000P
大型無免許運転罰金:-500,000P
「差引支給額:− 5,900,000P」
「……………………は?」
カイの思考が完全にストップする。何度も数字の「マイナス」と「5,900,000P」を見直した。
「待て待て待て……! この単位の『P』ってなんですか……!? TSUTAYAのポイントか何かっ……?!」
半ギレで青ざめたカイが明細書を突きつけると、ミドラーは「んー?」と首をかしげ、いたって平然とした顔で答えた。
「なにって、Pは異世界でも使える共通通貨『ピリカ』よ。安心して、あなたの地元のお金にもちゃんと換算できるから」 「聞いたこともないしそういう問題じゃないし!! しかもなんでプラスじゃなくて華麗にマイナスなんですか!!」 「あ、今回めちゃめちゃ街中への被害出ちゃったし死者も多数だったからね〜。一応申請したんだけど、上の審査で経費が落ちなかったのよね」
ミドラーがハキハキと爽やかに指をさして続ける。
「ちなみに、環境修復および原状回復費っていうのは、巻き添えで破壊され尽くした街や建物を『何事もなかったかのように綺麗に元通り修復する』ための魔法コストね。あと、住民安心安全確保のための記憶調律代は、目撃者たちの都合の悪い記憶をごっそり消して日常に帰すための専門技術料よ。当然、これだけの規模の隠蔽工作とインフラ修復をするんだから、それなりのお高いお値段になるわけ!」 「親切丁寧にえげつねぇ内訳を解説してんじゃねぇよ!!! 死人が出た大惨事をまるっと隠蔽する費用を、なんで新人バイト(手違い)の僕が背負わされてんだよ!!」
改めて突きつけられた現実の前に、カイは強烈なめまいを覚える。総額にしてマイナス590万P。1P=1円に換算すると一瞬で約600万もの莫大な借金を初日で背負わされた形だ。
「安心しろや、新人! 若い臓器は高値で売れる!」 「ま、今回はバディ折半で、半額の約300万Pでいいわ!」
こちらの顔を指さしてゲラゲラと笑いこけていたワタリだったが、次の瞬間、その顔色が変わる。
「……は? でいいわって、なんで俺も背負ってんだよミドラー。今回トンズラこかなかっただろーが!」
「あのねぇ、あんたの今までの素行不良で経費が却下されたんだから当然でしょ!!」 「マジかよ、俺様頑張ったのにくっそダリィ……あー死にてぇ〜……」
「ふざけるなーーーーーっ!!! 手違いで連れてこられた挙句、なんで初日で300万近い借金背負わされて、自分の臓器の心配までされなきゃいけねぇんだよぉぉぉーーーッ!!!」
ワタリが血の気を引かせて天を仰ぐ傍らで、ミドラーは涼しい顔で言い放つ。
「まあ、ワタリは置いといて……こうなると、借金返済のためにはうちでしっかり働いてもらうしかないわねえ」 「おいカイ、落ち込んでる暇はないですっピ! 次の現場の要請ですっピ!」
ナビラビがふよふよと宙に浮きながら、容赦なくカイの背中をぷにぷにと突っ突いてくる。
「休ませろよぉぉぉーーーーーっ!!」
カイの悲痛な叫びが神界のオフィスに木霊し、神界特命物流・転生課(略してハピベネ3課)での理不尽すぎるドタバタな日々が幕を開けたのだった。




