亜空間ドライブは命懸け!?
「いたた……」
光の輪から放り出されて尻餅をついたカイは、痛むお尻をさすりながらゆっくりと立ち上がった。 どうやらここは、コンクリート製の巨大な車庫のようだ。信じられないが、光の輪は全く別の空間同士を繋げているらしい。
先ほどの殺風景なオフィスとは打って変わって、あたりにはオイル缶や見たこともない工具が無造作に転がっている。 その中心で、一際強烈な存在感を放っているものがあった。
――煌々と照り輝くネオンライト。フロントガラスを覆い尽くすほどの金ピカの鍍金パーツ。そして車体に刻まれた、極太の『神界特命物流:ハッピー運送』の文字。荷台には変わった形のごっついボイラーが4本ついている。
「……デコトラ?」
言葉を失うカイの前で、ワタリが仁王立ちしながら振り返る。サメのように尖ったギザギザの歯を剥き出しにして、ニカッと不敵に笑った。
「おう! イカすだろ、この俺の相棒はよ!」
「はは……、そっすね。すっごい……眩しいです」
これまでのやり取りですでに学習している。ここで変に突っ込むと、間違いなくさっき以上の面倒な事態に巻き込まれる。カイは乾いた笑いで全肯定の姿勢を見せた。
「本当はこんな足手まといのバディなんていらねぇんだけどよ。あのヒス女が『新人教育すれば責任感が芽生えるかも』だのなんだのうるせぇから仕方なく乗せてやる。仕方なくな。ありがたく思えよ、新人」
「それなんですけど、あのー……もしかして皆さん、何か勘違いを――」
「あぁ? オレ様がわざわざ乗せてやるっつってんのになんか文句あんのか?」
遠慮がちに切り出すカイの言葉を、ワタリがジロッと凄んで遮った。
「――ないです! 全くないです! わあ、トラックの助手席なんて初めて乗るな〜、うれしいな〜!」
わずか数秒で鮮やかなまでに折れたカイを見て、ワタリは「だよな〜」と機嫌よく肩を組んだ。彼の腕に刻まれた生々しい注射痕やら縫合跡やらが視界に入る。いや、治安悪すぎでしょ。
抵抗することを諦めたカイは、逃げ出すことも許されないまま、半ば引きずられるようにド派手なデコトラの助手席へと押し込まれた。
乗り込むや否や、ワタリが乱暴に踏み抜いたアクセルによって、特製4トントラックは猛烈な咆哮を上げた。積まれた4本のボイラーがキィキィと不気味な高音を鳴らし、車体全体が小刻みに、しかし凄まじい勢いで震え出す。
「おら、しっかりつかまってろよぉ!」
「ちょっ、待って、シートベルトが――ぐわっ!?」
警告する間もなく、デコトラは爆音とともに暴力的な音を立てて跳ね上がったシャッターから勢いよく飛び出した。
だが、その目の前に広がっていたのは、見慣れたアスファルトの道路ではない。――虹色の光が渦を巻き、空間そのものが幾重にも裂けた、おぞましいまでに巨大なトンネルだった。
「システムオールクリアだっピ!」「行くぜェ――ッ!!」
「ひいいいいいっっ!!」
ワタリの哄笑とともに、金ピカのデコトラはそのまま虹色の光の渦へと猛スピードで飛び込んでいく。次々と景色が歪んでいく異様な空間と激しい縦揺れに、助手席のカイは恐怖のあまり天井のアシストグリップを両手で力いっぱい握り締め、小さく身を縮こまらせていた。
(これは夢だ、これは夢、これは夢……!)
浮いて喋る謎生物に、空間移動、虹色のゲート。キャパシティを超えた情報量と、急激な重力変化に胃の辺りが激しく逆流しそうだ。目を回すカイをよそに、ワタリはさらにアクセルを踏み込む。
その瞬間、トラックの荷台に積まれた特製のボイラーが、まるで目を覚ましたかのように不気味な咆哮を上げた。
――ズドォォォォォン!!
「わあああああ!?」
空気を、そして空間そのものを震わせるほどの凄まじい爆音が亜空間に響き渡る。それと同時に、ボイラーの炉心からあふれ出した膨大なエネルギーが、眩いばかりの青白い光となって周囲の虹色の景色を一瞬で白一色に塗りつぶした。
「ヒャッハー! 燃えてきたぜぇぇぇ!」 ワタリが豪快に笑い声をあげながら、光り輝く車体を強引にコントロールしてさらにスピードを上げていく。 ボイラーから噴き出す凄まじい推進力を受け、ガタゴトと揺れていたトラックのタイヤが、フワリと完全に地面から離れた。もはや走行ではなく「飛行」である。物理法則を完全に無視した加速で、デコトラはロケットのように亜空間を突き進んでいく。
「ちょっと待って! 浮いてる! 飛んでる! 絶対死ぬうううう!」 「はあーっっはっはっは!!」 絶叫するカイと、狂ったように高笑いするワタリ。2人と1匹を乗せた特製トラックは、轟音とともにさらなる闇の裂け目へとダイブする。
「3・2・1…空間跳躍成功ですっピ! 現在の座標、東経139°、北緯35°51′……ターゲットの出現情報と一致!」
まるで流れ星になったかのように、視界を埋め尽くしていた闇が弾け、一転して激しい光と衝撃が走る。 轟音とともに、特製デコトラは黒い裂け目から都会的な街並みへと一気に飛び出した。
そのまま強引に高度を落とし、平坦なアスファルトの感触を取り戻しながら車道へと着地する。
「……はあ、はあ……っ!」
地面の固さをこれほどありがたく感じたことはない。生還の安堵にカイがシートでへたり込んでいる隣で、ナビラビの額にある小さなツノがピカッと青白い光を放ち出した。 それと呼応するように、ダッシュボードの上の空間に立体的なホログラムウィンドウが浮かび上がる。ナビラビは短い前足を突き出し、すまし顔でそれを読み上げた。
「ターゲットのデータを投影しますっピ。氏名:星空絶景、年齢:28歳、職業:ブラック企業のITエンジニア。ステータス:深夜のオフィスでデスマーチをこなした後、わずかな自由時間と全給料をソシャゲ『アビス・ファンタジア』のガチャに注ぎ込んでいた悲惨な男ですっピ」
ワタリが口笛を吹いてちゃかしてみせる。
「お、すげぇ名前だなオイ。人生の方も絶景の崖っぷちってか」
ホログラムのグラフを短い前足でスクロールしながら、ナビラビが続ける。
「情報担当課のログスが弾いた『運命の予定表』によると、彼は過労と本日0時ぴったりに起きる大人気ソシャゲの突然のサ終で完全に絶望し、「こんな現実もう嫌だ、今すぐ異世界にでも何処にでもいいから転生して逃げ出したい……!」と激しく渇望するはずだっピ。オンタイムまで残り、3分」
ホログラムの地図を指さしながら、ナビラビの赤く光る目が前方を凝視する。
「いたっピ!直下、深夜の交差点にターゲットを確認!接近開始!計画通り、このまま鮮やかに轢き飛ばして『祝福』してあげるっピ……!」
ここまで流されるままに助手席へ押し込まれていたカイは、聞き捨てならない単語の数々に、ようやくフリーズしていた思考を強引に引き戻した。
「ちょ、ちょっと待ってください! 『轢き飛ばす』とか『祝福』とか、さっきから何を言ってるのかわからない――っていうか、これは一体何のお仕事なんですか?!僕はいったい何をさせられるんですか!?」
ガタガタと震えながら詰め寄るカイを横目に、ワタリは「ははっ、何言ってやがる」と豪快に笑い飛ばした。
「決まってんだろ、お迎えのやり方だよ! 昔から相場は『不慮の事故』、中でも4tトラックによる華麗な跳ね飛ばしが一番芸術点が高いんだよ!」
「あの!! より一層何を言ってるのかわからないんですが!!」
「ごちゃごちゃうるせー新人だな! 心配すんな、一瞬で苦しませずにイカせるし、キマれば最高に気持ちよくトベっからよ!」
その物騒すぎるセリフの数々に、カイの脳内で最悪のパズルピースがカチリと音を立てて噛み合った。
――苦しませずにイカせる? 気持ちよくトベる? 4tトラックで人を跳ね飛ばす……?
(まっ、待て待て待て……! やばい、これ完全にやばいやつだ!! 詳しいことはわからないけど甘い言葉に釣られて、僕はおそらくとんでもない『闇バイト』に応募しちまったんだ……!! 何やってくれてんだよ過去の僕! 全然思い出せないけど!!)
もしかしたら人間を薬物か何かでラリらせた上で、社会的に抹殺(あるいは文字通り処理)する組織の実行部隊に売り飛ばされたのかも。そう考えれば、この男の柄の悪さも辻褄が合う。
果てしなく悪い方向に行った想像で、カイの顔面は恐怖で真っ青に染まる。
「とにかくてめーは黙って、俺様の華麗な仕事を見とけ!」
「ちょ!! 止まって!!! 今すぐ全力で降ろしてください!!」
身を固くするカイをよそに、ナビラビは身を乗り出してワタリに合図を出す。
「目標捕捉!全速前進だっピ!」
「おうよ! 最高の『祝福』をプレゼントしてやらぁ!」
ナビラビのGOサインを受け、ワタリが荒々しくシフトレバーを引き絞る。
ガガガッ! と重い駆動音が響き渡り、トラックの前面を覆う頑丈なグリッドバンパーを起点にして、眩い黄金色の幾何学模様が浮かび上がる。それは瞬く間に直径数メートルにも及ぶ巨大な魔法陣へと拡張し、現実の空気を蜃気楼のように震わせながら神々しく明滅した。まるで門そのものを車体の前面に引っ提げたような、圧倒的な存在感を放つ巨大な陣だ。
「おらあああ!! アクセル全開で行くぜえええ!!」
ワタリが狂喜の叫びを上げてトラックを猛加速させ、前面に輝く巨大な魔法陣ごと、歩きスマホをしている男へとまっしぐらに突っ込んでいく。問題の男は連日の過労で極限まで疲弊しきっていた上に、画面に釘付けになって歩きスマホを続けていたせいか、すぐそこまで迫る巨大なトラックの存在にまったく気づいていない。
「ダメだ!!止まってください!」「新人、舌を噛みちぎりたくなかったら口閉じなぁあ!!」




