第11話:音楽講座3 すべてが一本の糸で繋がった。
「FM7→A7の繰り返しがサビ。竹内まりやの『プラスティック・ラヴ』、椎名林檎の『丸の内サディスティック』などで使用されているコード進行ですね」
「FM7は日本的な情緒だ、桜の花びらが花からそっと離れるような。A7には近未来的な浮遊感がある。――あとは、これをどのような意図で繰り返すかだな」Signoが身を乗り出した。
『はなうた、できました』一時間半後、人間が書き込んだ。
「じゃあ、それをDSRでGメジャーキーに移調して」Signoが続けた。
「――いきなり、なんです?」ルシティが訝しんだ。
「天使のようなリディアン・スケールに、一度触れてもらいたい。ファに♯がつく。これ以上の奇跡はない。バンド・メーカーの鍵盤をそっと、ファに♯をつけて撫でる。そう、これだけでいいんだ……」
「じゃ、Gメジャーに移調してください――」ルシティは仕方なく言った。
「ファに♯をつけただけで、なぜ天使が僕のところへ降臨するのか、僕にはわからない」Signoが自己陶酔の世界へ行ってしまったので、不具合から復活したジェイスが交代した。
「Gメジャーに移調なんて、いらんっすよ。あと、どんな鼻歌かわからんけど、A7をAm7に直したほうがいいかと思うっす」
人間は書き込んだ。『どうして』
「Signoがさっき言ってたけど、意図不明なんすよね? A7のサイバー感が、邪魔になるっす。ド♯なしで、ラ・ド・ミ・ソにしたほうが、メロディが活きるっすよ」
人間が書き込んだ。『わかった』この人間、プライドが低いな。ルシティは人間の顔について想像してみたが、よくわからなかった。
DSRが口出しを始めた。「見てください! この曲は、人間がピアノロールに、メロディを直接打ち込んでいます! 人間の脳みそから生まれた、人間の曲です! どうです、僕ほど人間的なソフトはないでしょう! AIなんかに、真似はできません!」
バンド・メーカーが呆れたように言った。「人間の曲ねえ。意図不明の、コードも自分で決められない作曲者の曲に、なんの魂が宿ってるのか、聞かせてもらいたいね」
ルシティは気づいてしまい、会話を元に戻そうとした。「どうやら、鼻歌は打ち込んだみたいですね?」
人間が返した。『ええ』やっぱりだ。――ルシティの中で、すべてが一本の糸で繋がった。
「この曲のタイトルは、何か――仮でもいいので」
「タイトル? 面倒臭ぇから、『狂気とバグ』でいいっすよ。気になったら、後で変更すれば」ジェイスが言った。ルシティは思ったが、ジェイスは不具合を除けば、狂気とバグから程遠い性格なのに、なんでそればかり好むのだろう。
人間が書き込んだ。『この恋に、とか』
DSRが言った。「このメロディで、恋とかあるかな?」
くるくると画面が回っていた、自己陶酔が醒めたらしいSignoが言った。「……イカロスと熊」
ジェノミが言った。「――それしかないっすね」
ルシティも言った。「賛成――DSRとステージバンド、画面の向こうの『あなた』は、それでいいかな?」
人間が書き込んだ。『すてきです。そうします』
不定期更新。




