ただいまヘコみ中
それにしても、言葉の壁はいかんともしがたい。
つくづく思い知った。
こんなんだったらさぁ、記憶とかなかったほうがよっぽど苦労しなかったんじゃないの。
生まれたばっかりの脳ミソが、水を吸うように言葉を覚えてくれたと思うよ!
だっていくら私だって、日本語は不自由なく話せたもの!
ため息をついた私の頭に、ティンカーベルのひとりがふわりと座った。
ちらりと鏡越しに視線を向けて、おしゃれに足を組む可愛い姿に、私は少し気分を上向ける。
水色の薄いスカートには、水面にできるような波紋がいくつも浮かび上がっては消えていた。
いつ見ても、彼女たちが纏うドレスは不思議。
「シュリ」
『可愛い顔が台無しよ、ユーリ』
だって、と私は桜色の唇を尖らせる。
鏡に写っているのは、ちょっと目を奪われるような美少女…にはまだ早いかもね、美…幼女?
うわ語呂悪い。
ていうか、私です。
本当にありがとうございました。
「居たたまれねぇ~…」
がっくりと肩を落として日本語で呟くと、つるっとすべり落ちたシュリが膝の上に軟着陸した。
生を受けて2年、いまだに私は片言すらもしゃべれない。
さすがにどうかと思う。
それもこれも、耳で聞く言葉をアタマの中でカタカナ変換する私が悪いって分かってる。
分かってるんだけどぉぉぉぉ!
どうにもならないんだよぉぉぉぉ!
はぁー、とまた特大の溜め息が落ちた。
ヒアリングは亀の歩みで上達はしている…と思う。
でも、いかんせん発音がね。
むっずかしーんですよ!
早々にさじを投げたいけれど、そういうわけにもいかない。
何より、家族を含め周りの人たちは、いやな顔ひとつせずに毎日いろいろ話しかけてくれる。
そんな彼らに応えたい。
私だって、みんなとお話したい。
このおうちには、家族の他にもたくさんの人がいる。
ほとんどが使用人…というか、メイドさんっぽい人たちが多い。
私が会うのは、それでも一部の人たちだけみたいなんだけども。
何しろこのでっかい部屋からあんまり出てないからね!
それにしても、このおうちってやたらお金持ちっぽいんだよなぁ。
私、やってけるかなぁ。
『ユーリ、大丈夫?』
「うん。ありがとう、シュリ。
私とお話してくれて」
心配そうに見上げてくるシュリの髪をそうっと撫でたら、彼女はお姉さんのように笑顔を浮かべた。
家族の言葉すら分からない私が、なぜ彼女たちと話せるのか。
もちろん、彼女たちが日本語を知っていたからではない。
彼女たちは、いわゆるテレパシーのような能力で意思疎通をしているんだそうだ。
脳内でベースになっている言語は関係ないらしい。
それでも、私は日本語を口に出して話しかけてしまうんだけど。
周囲からは、幼児にありがちな、自分言語を用いていると思われてるっぽい。
そうだよねぇ、ここで日本語使うひとはいないんだろうしねぇ。
でも、だからこそ。
シュリたちが家族と私、双方向に翻訳してくれなければ、私はとうに新しい生活を放棄して、2歳児にして引きこもりになっていたんじゃないかと思う。
そして、妖精のような彼女たちは、この世界では精霊と呼ばれる存在だった。
自由気ままな気質で、時には気に入った人間に加護を与えたり、守護になったりする。
ちなみに、シュリは水に属する精霊なのだそう。
さらに、私の二番目のお兄さんのレン君が水の精霊の加護を受けているそうで、特に彼との相性が良い。
コントさながらに通訳をしてくれる。
パパさんは地の精霊の加護を、長兄のリューさんは風の加護があるのだとか。
なぜか、ママさんは加護までは受けてないそうだ。
何でだろう、あんなに美人さんなのにな。
シュリが言うには、相性の問題らしいんだけどね。
ついでに、私の周りをふわふわしてる精霊さんたちは、加護をくれたわけでも守護してくれてるわけでもないらしい。
ただ、面白いから側に居てくれてるんだって。
うん、何でも良いよ!
可愛いし、助けてくれるし、いろんなお話してくれるし!
そうなんだ。
精霊たちは、基本的に人間の文化には興味ないから、おうちのことはあんまり教えてくれない。
でも、家族のことやこの世界のこと、いろんなことを教えてくれた。
おかげで私は、この世界について、だいたいの基礎知識を持っている。
ていうか、私自身の名前を私に教えてくれたのは、ママさんでもパパさんでもなく、シュリだった。
つまりそれだけ、私のヒアリング能力は壊滅的だってこと。
これはもう、あれかな。
さっさと文字を覚えた方が早いのかな。
またひとつため息をついたら、視界の端でやわらかな桜色の束がふわりと揺れた。
あぁ……。
これも、今の私のコンプレックスなんだよねぇ。
世界を認識できるようになって、ママさんの美貌にビックリしたのもつかの間。
パパさんがこれまたイケメン…て、それほど若くなかった。
しかし、かっこいいのは確かだった。
明るい橙色の髪に濃紺の瞳で、男盛りっていうか、ちょっと強面なところがまた魅力的でフェロモンだだもれのおじさま。
でも、私に対しては親バカ全開の、愛すべきパパさん。
そして、私にはお兄さんが2人いた。
……2人もいた。
いや、だって!
ママさん、私を入れたら3人の子持ちなんですよ!
20台にしか見えないんだよ!
何このミラクル!
さすが異世界!?
ちょっと現実逃避しかけた。
なんでってさぁ…。
パパさんもママさんも美形とくれば、もちろんお兄さん方も美形に決まってるよね?
予想通り、長兄さんはパパさん譲りの顔立ちに橙色の髪で、パパさんよりは色が薄いけど、藍色の瞳がキレイ。
下のお兄さんはママさん似で、やっぱり橙色の髪に濃いエメラルドの瞳をしている。
お2人とも目の保養になるイケメンです。
何だこの世界。
イケメンがゲシュタルト崩壊しないんだろうか。
ちなみに、どうやら私は2人とは少し歳が離れてるみたい。
聞いたことないけど(言葉が通じないもので!)、たぶん2人とも高校生くらいなんじゃないかな?
外人さんの年齢はわっかんないけどもね!
そして末っ子のわたくしです。
……これがまた可愛いのよ。
鏡を見るたびに「誰これ?」となりますが。
生まれて二年というのにしっかりした目鼻立ちに、小さな唇は桃色ぷるぷる。
おっきな目はぱっちり二重、つけまつげなんて鼻で笑っちゃうくらいばっさばさで。
抜けるように白い肌はもちもちすべすべ(これは幼児だからかもしれない)、丸いほっぺたはほんのり桜色。
背の中ほどまで伸びた髪は、甘い匂いがするんじゃないかと錯覚しそうな桜色。
素晴らしいキューティクルと天然ゆるウェーブのおまけつきです。
いやいやいや、こんなの見慣れないですよ!
もう1年以上お付き合いしてますけどね、この顔とも!
だがしかし、私の記憶には21年間慣れ親しんだ、地味な日本人顔がありましてですね!
二重ってだけが取り柄の、可もなく不可もなく100人並みな顔立ちでしたよ。
すいません、テンパると敬語になるらしいです私。
私だってこれが他人だったら、もうガン見して許されるなら写メって、さらに許されるなら抱っことかさせてもらっちゃったりして、もう心おきなくメロメロキューンするよ!
そんな絵に描いたような、おとぎ話に出てきそうな、むしろ現実世界にいるとは思えないような美少女の中身が典型的一般人の私って……。
ないわー…。




