第四十七話 銀貨十二枚の意味
屋敷に戻って、私は帳簿の該当箇所をもう一度開きました。
二年前の十月から十二月。銀貨十二枚が、十四回。
「バルトさん。この支払いは、誰がお渡しになりましたか」
「私でございます」
家令は言いました。
「毎週、お帰りの際に、玄関でお渡ししておりました」
「請求書はございましたか」
「ございません」
バルトは言いました。
「金額は、初めにお聞きしました。週に銀貨十二枚と」
「先方から仰ったのですか」
「はい」
私は、手を止めました。
「――ご自分で額を仰った」
「さようでございます」
家令は言いました。
「私は、ヴェルナー殿の代わりの方だと思っておりましたので、そういうものかと」
◆
私は、ヴェルナーの控えを開きました。
十二年分の記録です。報酬の額は書かれていませんが、訪問の日数は記載されています。
「バルトさん。ヴェルナーさんへの報酬は、どのように」
「一回の訪問につき、金貨一枚でございます」
「滞在は」
「三日から五日ほど」
私は、計算しました。
金貨一枚は、銀貨で百枚ほどです。四日滞在として、一日あたり銀貨二十五枚。
「週に一度で銀貨十二枚というのは」
私は言いました。
「一日あたり十二枚でございます。ヴェルナーさんの半分以下でございます」
「安うございますか」
「安うございます」
私は言いました。
「王都から来る読み手としては、破格でございます」
◆
「セヴェリン様」
執務室で、私は数字を示しました。
「銀貨十二枚は、報酬としては低すぎます」
「相場を知らなかったのではないか」
「誓約書を扱える者が、相場を知らないということはございません」
私は言いました。
「それに、この額には見覚えがございます」
「どこでだ」
私は、四十四通の束から一通を抜き出しました。
「二十年前の小作契約でございます。当家が雇う日雇いの賃金が、定められております」
私は条文を示しました。
「一日あたり銀貨十二枚」
セヴェリン様が、身を乗り出しました。
「日雇いと同じか」
「同じでございます」
私は言いました。
「当家が定めた、最も低い賃金でございます」
◆
執務室が、静かになりました。
「――叔父は、日雇いの額で受け取っていたのか」
「ご自分で、その額を仰ったそうでございます」
私は言いました。
「バルトさんが、初めに聞かれました」
「なぜだ」
「分かりません」
私は言いました。
「ただ、額を自分で決められるということは、請求できる立場だったということでございます」
「請求権があったのか」
「私的誓約の第三条により、先代様の死後、乙は請求できるようになっております」
私は言いました。
「請求できる立場で、日雇いの額を十四回だけ受け取って、帰られた」
「十四回で、銀貨百六十八枚」
セヴェリン様が言いました。
「金貨で、十七枚だな」
「十七枚でございます」
私は言いました。
「請求できたはずの額とは、比べものになりません」
◆
私は、帳簿の頁を見下ろしました。
十四回。七日おき。雪で一度飛んで、十二月の末で終わり。
「バルトさん」
私は家令を呼びました。
「最後の日のことを、覚えておいでですか」
「十二月の末でございますね」
彼は言いました。
「覚えております」
「どのような」
「いつもどおりでございました」
バルトは言いました。
「書斎から出てこられて、玄関で銀貨をお受け取りになって、会釈をなさって」
「何か仰いましたか」
家令は、少し考えました。
「――一言だけ」
「なんと」
「もう来ない、と」
私は、顔を上げました。
「理由は」
「仰いませんでした」
バルトは言いました。
「私も伺いませんでした。ヴェルナー殿の代わりの方が、お役目を終えられたのだと思いましたので」
◆
「そして、翌月からヴェルナーが来た」
セヴェリン様が言いました。
「はい」
私は言いました。
「一月に調停料でございます」
「入れ替わりだな」
「入れ替わりでございます」
私は、帳簿を繰りました。
「セヴェリン様。二年前の冬、屋敷の誓約書はどうなっておりましたか」
「知らん」
彼は言いました。
「私は春に戻った。戻ったときには、書斎は散らかっていた」
「散らかっていた、と」
「紙が山になっていた。誰かが探した跡だと思った」
私は、そこで少し考えました。
「セヴェリン様。三か月間、週に一度、書斎に入っていた者がおります」
私は言いました。
「その者が探したのであれば、三か月かけて散らかしたことになります」
「そうだな」
「三か月あれば、片付きます」
私は言いました。
「六百通を分類するのに、ヴェルナーさんは十二日でございました。三か月あれば、四回できます」
◆
「では、散らかしたのは別の者か」
「あるいは」
私は言いました。
「片付けなかったのかもしれません」
「なぜだ」
「探し物が、見つからなかった場合でございます」
私は言いました。
「見つかれば、片付けて帰ります。見つからなければ、次に来たときにまた探します。三か月続けて見つからなければ――」
「諦めるか」
「諦めて、もう来ないと言うかと存じます」
◆
私は、四十四通を見ました。
「セヴェリン様。二年前の秋、この四十四通は、どこにございましたか」
彼が、顔を上げました。
「ヴェルナーが持っていた」
「はい」
私は言いました。
「九月の初めに四十四通を先代様にお渡しして、先代様が三日ご覧になって、亡くなられました。その後、ヴェルナーさんが片付けて――」
「持ち帰ったのか」
「持ち帰られました」
私は言いました。
「ですから、二年前の秋から冬、四十四通は屋敷にございませんでした」
セヴェリン様が、椅子から立ち上がりました。
「――探していたのは、これか」
「分かりません」
私は言いました。
「ただ、土地に関する誓約書が二十年分、屋敷から抜けておりました。土地の書類を探していたのであれば、見つかるはずがございません」
「ヴェルナーは、それを知っていたのか」
「知っておられたはずでございます」
私は言いました。
「ご自分で持ち出されたのですから」
◆
私は、そこで一つの筋道を思いつきました。
思いついて、しばらく黙っていました。
「どうした」
「――申し上げてよろしいでしょうか」
「言え」
「ヴェルナーさんは、四十四通を二年間、返されませんでした」
私は言いました。
「返す機会は四度ございました。それでも返されませんでした」
「そうだな」
「そして、今年、私が来てから返されました」
私は言いました。
「読める者が、この家に来てからでございます」
セヴェリン様が、こちらを見ました。
「隠していたのか」
「守っておられたのだと思います」
私は言いました。
「読める者がいない家に返せば、また誰かに持ち出されます。あるいは、読まれずに署名されます」
私は、四十四通に手を置きました。
「二十四通は、当家を守る紙でございました。これが失われれば、不利な条文だけが生きます」
「では、叔父から守っていたのか」
「分かりません」
私は言いました。
「ただ、二年前の冬、書斎に通っていた方は、この四十四通を探して、見つけられませんでした」
私は言いました。
「ヴェルナーさんが持っていたからでございます」




