↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
離縁の日まで、契約どおりに愛しません ~冷酷と噂の辺境伯に嫁いだ誓約術師は、三年で出ていく予定でした~  作者: やまご


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/45

第三十五話 十二年

「十二年」


セヴェリン様が、その数字を口に出しました。


「二年前からではなく」


「十二年前からでございます」


私は言いました。


「アデル様が家を出られて四年後から、ヴェルナーさんが当家に出入りしておられます」


「なぜ、そう言わなかった」


「私が伺わなかったからでございます」


私は言いました。


「バルトさんには、二年前の書斎の整理について尋ねました。その前のことを、伺っておりませんでした」


セヴェリン様は、しばらく黙っていました。


「私が四つのときに叔父が出て、八つのときからあの男が来ていたのか」


「そうなります」


私は言いました。


「バルトさんによれば、年に二度から三度。溜まった誓約書を処理して、帰る。そういう形だったそうでございます」


「覚えていない」


「幼い頃でございます」


私は言いました。


「それに、あの方は目立たぬようにしておられます。私も、初めてお会いしたときに、そう感じました」


   ◆


私は、日付の表を書き直しました。


十二年前から、ヴェルナーが当家に出入りを始めた。


二年前の夏、先代様が書斎の整理を依頼した。


二年前の秋、先代様が死去。整理は途中で止まり、書類が持ち出された。


その秋から冬、背の高い男が週に一度、書斎に通った。


翌年の一月から、ヴェルナーが再び定期的に来るようになった。


「セヴェリン様。今まで、二年前を起点に考えておりました」


私は言いました。


「起点が、間違っていたかもしれません」


「十二年前か」


「あるいは、十六年前でございます」


私は言いました。


「アデル様が家を出られたときでございます」


   ◆


その日から、私は書斎の誓約書を、もう一度読み直しました。


今度は、目録を作るためではありません。書き手を探すためです。


句読の癖。条文の並べ方。余白の取り方。


五百六十一通を、書き手ごとに分類していきます。


十日かかりました。


結果は、こうなりました。


先々代の代のもの、およそ百二十通。書き手は複数。古い書式です。


二十年前から十六年前まで、およそ九十通。書き手は一人。句読は二か所。条文の並べ方が独特で、権利に関する条文を前に置く癖があります。


十六年前から十二年前まで、四十通ほど。書き手がばらばらです。定型を写しただけのものが多く、書式に乱れがあります。


十二年前から現在まで、およそ三百通。書き手は一人。句読は二か所。並べ方も、二十年前から十六年前までのものと、よく似ています。


「――似ております」


私は顔を上げました。


「アデル様の時期と、ヴェルナーさんの時期の書式が、よく似ております」


セヴェリン様が、束を覗き込みました。


「同じ人間か」


「違います」


私は言いました。


「一か所、確かな違いがございます」


   ◆


私は、二通を並べました。


「こちらが十八年前、アデル様の時期のものでございます。こちらが十年前、ヴェルナーさんの時期」


「同じに見える」


「日付の書き方が違います」


私は指で示しました。


「アデル様の時期は、月を先に、日を後に書いておられます。十八年、九月、十二日」


「こちらは」


「日を先に書いております。十二日、九月」


私は言いました。


「管理院の正式な書式は、月が先でございます。日を先に書くのは、南部の書き方でございます」


「ヴェルナーは南部の出か」


「かもしれません」


私は言いました。


「ただ、大事なのは、二人が別人だということでございます。同じ人であれば、日付の書き方までは変わりません」


「では、なぜ似ている」


「習ったのだと思います」


私は言いました。


「ヴェルナーさんが、アデル様の書いたものを読んで、そこから学ばれた。この家の誓約書を引き継いだのですから、当然のことでございます」


   ◆


「――では、繋がりはないのか」


セヴェリン様が言いました。


「書式の類似だけでは、繋がりとは言えません」


私は言いました。


「ただ、一つ気になることがございます」


「なんだ」


「十六年前から十二年前までの四年間でございます」


私は、乱れた四十通を示しました。


「この時期のものは、書式が整っておりません。定型を写しただけで、判断の入った条文がございません」


「父が自分で書いたと、バルトが言っていた」


「はい」


私は言いました。


「そして、この四年のあいだに、当家は損をしております」


   ◆


私は、四十通のうち八通を抜き出しました。


「小作契約が三通、入会地が二通、境界が三通でございます。いずれも、当家に不利な条文が入っております」


「どんな条文だ」


「更新時に、相手方が条件を変えられる、というものが二通」


私は言いました。


「期限が一方にだけ有利なものが三通。それと、境界の三通は、測量費用をすべて当家が負担する形になっております」


「合計すると」


「大きうございます」


私は言いました。


「この四年で、当家は相当のものを失っております。目に見える金ではございません。条文の不利が、その後十年かけて効いてくる形でございます」


セヴェリン様が、眉を寄せました。


「読める者がいなかったからか」


「そうでございます」


私は言いました。


「先代様は、読めぬまま署名しておられました。相手方には、読める者がおりました」


私は八通を並べ直しました。


「そして、十二年前にヴェルナーさんが来られてから、この種の不利な条文は、ぱたりと止まっております」


   ◆


執務室が、静かになりました。


「――止まっている」


「止まっております」


私は言いました。


「十二年前から二年前まで、三百通ほどございますが、明らかに不利な条文は、ほとんど見当たりません。多少の偏りはございますが、相場の範囲内でございます」


「あの男が、防いでいたのか」


「防いでおられたと思います」


私は言いました。


「無資格で、年に二度か三度来るだけの書類屋でございます。それでも、十年間、この家の誓約書はまともでした」


セヴェリン様は、机の上の束を見下ろしていました。


「では、なぜ二年前に、あの受領書が通った」


私は、そこで言葉を止めました。


考えていなかったわけではありません。ただ、口に出すのをためらっていました。


「――砦でございます」


私は言いました。


「屋敷ではございません」


「同じことだろう」


「違います」


私は言いました。


「ヴェルナーさんは、屋敷の書類を見ておられました。砦の書類は、見ておられません」


「見せなかったのか」


「見せる習慣がなかったのだと思います」


私は言いました。


「砦は軍の書類でございます。領地の誓約書とは扱いが別です。ガレン殿も、砦で処理するものと思っておられました」


「では、あの男の落ち度ではないと」


「落ち度ではございません」


私は言いました。


「ただ」


   ◆


私は、日付の表を引き寄せました。


「二年前の夏でございます」


私は言いました。


「六月から九月まで、砦で戦がございました。同じ時期に、ヴェルナーさんは屋敷で書斎の整理をしておられます」


「時期が重なるな」


「重なります」


私は言いました。


「先代様が整理を依頼されたのは、二年前の七月でございます。戦の最中でございます」


セヴェリン様が、顔を上げました。


「戦の最中に、書斎の整理か」


「不自然でございます」


私は言いました。


「領主にとって、戦の最中に最も後回しになるのが、古い書類の整理でございます。それを、わざわざその時期に依頼しておられます」


「では、理由があったのか」


「探しておられたのかもしれません」


私は言いました。


「整理と称して、何かを探させていた」


私は、八通の不利な誓約書を示しました。


「先代様は、四年間、読めぬまま署名なさいました。その結果、多くを失っておられます。十二年前にヴェルナーさんを呼ばれたのも、それに気づかれたからかもしれません」


「気づいていたのか」


「損は、金で分かります」


私は言いました。


「読めなくとも、収入が減れば分かります」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。