↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
離縁の日まで、契約どおりに愛しません ~冷酷と噂の辺境伯に嫁いだ誓約術師は、三年で出ていく予定でした~  作者: やまご


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/41

第二十二話 起草者を辿る

婚姻誓約書の起草者は、書面には記されません。


記す欄がないのです。署名するのは当事者と立会人だけで、誰が条文を書いたかは残りません。ですから、起草者を辿るには、書式そのものを読むしかありません。


私は自分の婚姻誓約書の写しを、卓に広げました。


十二条。序文なし。第一条から第五条が定型、第六条に持参金、第七条に債権の不主張、第八条に返還規定、第九条に期限、第十条から第十二条が雑則。


隣に、十八年前のアデル様の婚姻誓約書を並べます。


十一条。序文なし。第一条から第五条が定型、第六条に持参金、第七条に請求権の放棄、第八条に返還規定、第九条から第十一条が雑則。


条文の数は違います。ただ、並びが同じでした。


   ◆


「セヴェリン様。二通の書式を比べました」


「同じか」


「骨格が同じです」


私は言いました。


「定型が五条、持参金が第六条、権利に関する条文が第七条、返還が第八条。この並びは、管理院の標準書式ではございません」


「標準はどうなっている」


「標準では、権利に関する条文は雑則に入ります。後ろのほうです」


私は施行細則の書式例を開きました。


「第七条という前のほうに置くのは、目立たせたくないときの置き方でございます」


「前のほうが、目立たないのか」


「はい」


私は言いました。


「読む者は、前半は定型だと思って流します。第一条から第五条までが本当に定型ですので、その勢いで第六条、第七条も流します。持参金の額に目が行けば、なおさらです」


セヴェリン様が、眉を寄せました。


「君は流さなかった」


「流しました」


私は言いました。


「第六条の金額で、一度止まりました。止まったので、第七条を読みました。額が普通であれば、私も読み飛ばしていたかもしれません」


「――父上の吝嗇に助けられたな」


「そうなります」


   ◆


「もう一つ、共通点がございます」


私は二通を並べ直しました。


「句読の打ち方です」


「句読」


「条文の中で、読点をどこに打つか。人によって癖が出ます」


私は指で示しました。


「『花婿は、婚姻の成立をもって、ガルドウィン辺境伯家に対する一切の請求権を放棄する』。主語のあと、そして、をもって、のあと。二か所です」


「こちらは」


「『花嫁は、婚姻の期間中、実家に対する一切の債権を主張しない』。同じく二か所。同じ位置です」


私は言いました。


「これだけでは断定できません。ただ、境界誓約の第五条も、同じ打ち方でございました」


セヴェリン様が、顔を上げました。


「境界誓約と、君の婚姻誓約書が」


「同じ癖でございます」


私は言いました。


「十八年前の婚姻誓約書と、二年前の境界誓約と、今年の私の婚姻誓約書。三通に、同じ句読の癖がございます」


   ◆


執務室が、しばらく静かになりました。


「――同じ人間が書いたのか」


「その可能性がございます」


私は言いました。


「ただし、句読の癖は真似られます。師弟であれば、自然と似ることもございます」


「では、確かめようがないな」


「一つ、確かめる方法がございます」


私は言いました。


「私の婚姻誓約書を、誰が用意したのか、父に聞くことです」


「答えるか」


「答えないと思います」


私は言いました。


「ですから、答えざるを得ない形で聞きます」


   ◆


その日の午後、私は父宛の書状を書きました。


短いものです。五行に収めました。


『お父さまへ


婚姻誓約書について、確認したいことがございます。


第七条の文言が、十八年前にガルドウィン辺境伯家で用いられた条文と、句読の位置まで一致しております。


当家の婚姻誓約書を起草した者の名を、お教えください。


管理院への照会に必要となる場合がございますので、念のため伺うものです。


ヴィオラ・ガルドウィン』


セヴェリン様に見せると、彼は少し目を細めました。


「最後の一行は、脅しか」


「事実でございます」


私は言いました。


「起草者が無資格であった場合、婚姻誓約書の有効性そのものには影響いたしません。ですが、書式に瑕疵があれば、照会の対象にはなり得ます」


「対象になるだけか」


「なるだけです」


私は認めました。


「ただ、父はそこまで読みません。管理院という言葉だけで、十分に効きます」


   ◆


書状を出して、三日が過ぎました。


その三日目の夕方、王都からの定期便に、別の封が混ざっていました。


差出は、リナリーでした。


『お姉さま


読み手を雇いました。


持参金から出せると書いてあったので、お父さまには言わずに、自分で王都の紹介所へ人をやりました。


三日前から来ています。ヨセフという、若い方です。


管理院には、お姉さまの書いたとおりに答えました。代理の者に読ませ、自分の判断で署名した、と。今のところ、それ以上は聞かれていません。


お父さまは怒っています。でも、条文を見せたら、黙りました。


お姉さま。


わたし、百通の中身を、少しずつ読んでもらっています。


十年分です。


知らなかったこともありました。知っていて、知らないふりをしていたことも、ありました。


ごめんなさい、とは書きません。書いたら、それで終わりにしてしまいそうだから。


リナリー』


   ◆


私は、その手紙を膝の上に置いて、しばらく窓のほうを見ていました。


外は、もう暗くなっています。


「――どうした」


セヴェリン様が、扉のところに立っていました。


「妹から書状が」


「悪い知らせか」


「いいえ」


私は言いました。


「読み手を雇ったそうです」


「では、よい知らせだな」


「はい」


私はそう答えて、それから、少し黙りました。


「セヴェリン様」


「なんだ」


「妹が、十年分の届出を読んでいるそうです。読み手に読ませて」


「知るだろうな。君が何をしていたか」


「はい」


私は手紙を折りました。


「知っても、何も変わりません。過去の分は、もう請求できませんので」


「君は、それでいいのか」


私は少し、考えました。


「請求できるとは、思っておりません」


私は言いました。


「ただ、記録が残らなかったことが、ずっと気にかかっておりました。十年、私がそこにいたという記録が、どこにもないのです」


「妹君が読めば」


「妹の中には、残ります」


私は言いました。


「それで、十分だと思います」


セヴェリン様は、しばらく何も言いませんでした。


それから、机の上に一通を置きました。


「伯爵からの返書だ。さっき届いた」


私は封を切りました。


一行だけでした。


『起草者は、ヴェルナーという者である』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。