↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
離縁の日まで、契約どおりに愛しません ~冷酷と噂の辺境伯に嫁いだ誓約術師は、三年で出ていく予定でした~  作者: やまご


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/42

第十七話 書類屋の話し方

ヴェルナーは、思ったより小柄な男でした。


四十代の半ば、灰色の上着、擦り切れた革の鞄。髪は薄く、背を少し丸めています。応接間に入ると、すぐに立ち上がって深く礼をしました。


「辺境伯。ご無沙汰しております」


「久しいな」


セヴェリン様が短く答えました。


「そちらは」


ヴェルナーの視線が、こちらへ向きました。


「妻だ」


「これは、ご結婚なさったのですか。存じ上げず、失礼を」


彼は改めて礼をしました。丁寧で、腰が低く、目が合うと少し伏せる。人当たりのよい所作でした。


「ヴィオラと申します」


私はそれだけ言いました。


「ヴェルナーでございます。先代様の頃より、書類の整理などをお手伝いしております」


   ◆


椅子に座ると、ヴェルナーは鞄から帳面を出しました。


「本日は、定期の確認に伺いました。前回が二月と六月でしたので、少し早うございますが、この時期は各家とも年末の書類が溜まり始めます」


「早く来る理由になるのか」


「経験則でございます」


彼は微笑みました。


「秋のうちに整えておきませんと、冬に雪で足止めされます。北の領地は、そういうものでして」


理屈は通っています。


私は膝の上で手を組み、黙って聞いていました。


「未処理のものはございますか」


ヴェルナーが尋ねました。


「木箱に入っていた分は、片付いた」


セヴェリン様が答えました。


彼の指が、わずかに止まりました。


「片付いた、と申しますと」


「読んだ。処理した」


「――どなたが」


「私が読ませた」


セヴェリン様は言いました。「妻が」


ヴェルナーの目が、こちらを向きました。


一瞬でした。それから、彼はすぐに表情を戻しました。


「これは失礼を。奥様は、誓約書をお読みになるのですか」


「実家で、少し」


私は答えました。


「少し、でございますか」


「はい」


私はそれ以上、言いませんでした。


ヴェルナーはしばらく私を見て、それから帳面を閉じました。


「それは何より。お手を煩わせずに済みます」


   ◆


「ヴェルナー殿」


セヴェリン様が言いました。


「聞きたいことがある」


「なんなりと」


「父の書斎を整理したのは、あなただそうだな」


「はい。先代様のご依頼でございました」


彼はよどみなく答えました。


「亡くなられる二月ほど前に、お話をいただきました。書類が多すぎて自分では手に負えぬ、整理してくれ、と」


「整理の内容は」


「分類でございます。誓約書、帳簿、私信、その他。それぞれ束にして、書棚に戻す作業です」


「持ち出したものは」


ヴェルナーは、少しだけ間を置きました。


「ございます」


私は視線を上げないようにしました。


「王都で照合の必要なものを、いくつか。管理院の登録の有無を確かめませんと、有効か無効かも判断できませんので」


「返したか」


「返せておりません」


彼は言いました。


「先代様が亡くなられましたので、途中で作業が止まりました。私の手元に残ったままでございます」


   ◆


あまりに、あっさりと認めました。


私は自分の呼吸を整えました。隠すつもりなら、こうは答えません。


「何通ある」


セヴェリン様が言いました。


「十二通ほどかと。正確な数は、控えを見ませんと」


「返してもらえるか」


「もちろんでございます」


ヴェルナーは頷きました。


「ただ、王都の私の宿に置いてございます。次に王都へ戻りましたら、お送りいたします」


「いつ戻る」


「今月末には」


彼は帳面を開き直しました。


「――申し訳ございません。私のほうから、もっと早くお返しすべきでした。二年も経ってしまいまして」


「なぜ、言わなかった」


「言う機会がございませんでした」


ヴェルナーは言いました。


「こう申しては失礼ですが、辺境伯は書類をご覧になりません。書類の話をいたしましても、任せると仰せになるばかりで」


セヴェリン様の顔が、動きませんでした。


「そのとおりだ」


「責めているのではございません」


ヴェルナーは慌てたように言いました。


「どの家もそうでございます。読める者が一人いれば、他の者は読まなくなります。それが普通でして」


   ◆


私は、初めて口を開きました。


「ヴェルナーさん」


「はい」


「その十二通の中に、誓約書の草案は含まれておりますか」


彼は、こちらを見ました。


「草案、でございますか」


「はい。署名前の、下書きの段階のものです」


「――さて」


ヴェルナーは少し考える顔をしました。


「控えを見ませんと分かりかねます。ただ、草案であれば、照合の必要はございませんので、持ち出す理由がございません」


「ですが、束の中に紛れていたということは、あり得ますね」


「あり得ます」


彼は認めました。


「先代様の書斎は、正直に申しまして、かなり混ざっておりました」


「では、確かめてくださいますか」


「承知いたしました」


ヴェルナーは帳面に何か書き留めました。


「草案がございましたら、それも併せてお送りいたします」


   ◆


半刻ほどで、話は終わりました。


年末の書類について二、三の助言をして、ヴェルナーは立ち上がりました。


「では、来月にでも、また」


「来月」


私は聞き返しました。


「はい。返却の際に、直接お持ちしたほうがよろしいかと。郵送では紛失の恐れがございますので」


「そのほうがありがたい」


セヴェリン様が言いました。


ヴェルナーは礼をして、扉へ向かいました。


その手が把手にかかったところで、彼は振り返りました。


「奥様」


「はい」


「掲示を拝見いたしました。街道の宿場に貼ってございました」


私は、表情を動かさないようにしました。


「よく書けておりました」


ヴェルナーは言いました。


「四行に収めるのは、なかなかできることではございません。長く書くほうが、ずっと簡単でございます」


「――ありがとうございます」


「失礼いたします」


扉が閉まりました。


   ◆


しばらく、応接間には誰の声もありませんでした。


「どう見た」


セヴェリン様が言いました。


「二つ、申し上げます」


私は言いました。


「一つ。あの方は、私が読めることを、来る前から知っておられました」


「なぜ分かる」


「木箱の話をされたとき、指が止まりました。ですが、驚いておられません」


私は言いました。


「本当に知らなければ、そこで質問が出ます。誰が読んだのか、と。あの方は聞かずに、私の顔を見ました。確かめる目です。知っていて、確かめに来た目です」


「二つめは」


「掲示の話です」


私は言いました。


「あの方は、掲示を褒めました。四行に収めるのは難しい、と。あれは、書き手にしか分からない褒め方です」


セヴェリン様が、こちらを見ました。


「書き手」


「はい」


私は言いました。


「読むだけの者は、内容を褒めます。書く者は、長さを褒めます」


   ◆


「では、あの男は書ける」


「書けます。おそらく、相当に」


私は言いました。


「そして、十二通を持っていることを、自分から認めました。これは、こちらが調べていることを、すでに知っているからです。隠しても無駄だと判断しております」


「返すと言った」


「返すと思います」


私は言いました。


「ただし、十二通のうち、何を返すかは向こうが選べます。控えは向こうにしかございませんので、こちらは何が抜かれたか確かめようがありません」


セヴェリン様が、椅子の背にもたれました。


「――手詰まりか」


「いいえ」


私は言いました。


「一つ、こちらが握ったものがございます」


「なんだ」


「あの方は、来月また来ると仰いました」


私は言いました。


「来月には、北の丘での協議が終わっております。モーリス子爵と何を話したかを、あの方は知りたいはずです」


「なぜ、そう言える」


「返却は郵送で足ります」


私は言いました。


「わざわざ六日かけて運んでくる理由は、書類のほうにはありません。会いに来る理由が、別にあるということです」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。