第六十九話 救わなくていい
最後に、俺の番が来た。
来ると分かっていた。
分かっていても、身体が強張った。
レン。
自分の名前を思い出す。
沈黙鈴が内側で鳴る。
自己名宣言を確認。
観測負荷警告を確認。
自己観測同意を確認。
中心重力を表示します。
表示は、分かりきっていた。
対象:レン
中心重力:【救済依存】
注記:
苦痛・孤独・絶望状態にある対象を発見した際、自己価値確認のための救済行動が誘発されます。
消えていない。
当然だ。
少し観測したくらいで、魂の癖が消えるわけがない。
俺は、今でも誰かを救いたい。
助けたい。
必要とされたい。
それで自分を保ちたい。
白鐘網が、最後のように震えた。
目の前に、森が現れる。
始まりの町リーベルの近く。
湿った土。
折れた枝。
逃げる足音。
そして、木の根元で足首を押さえている少女。
名前は表示されない。
ただ、状態だけが出る。
過去周回名称:【最初の救済】
対象:未定義少女
状態:恐怖、孤独、救助待機
【救済衝動】が反応しました。
行動優先度が上昇します。
足が動きかけた。
考えるより先に、身体が反応する。
泣いている。
怖がっている。
なら助ける。
抱き上げる。
安心させる。
それで、俺も少し安心する。
いつもの軌道。
最初の救済。
慣れた重力。
白い間の奥で、エルシアがこちらを見ている。
ノアも見ている。
ミオも見ている。
俺は一歩目で止まった。
止まれた。
息が苦しい。
助けたい。
今すぐ手を伸ばしたい。
でも、その前に聞く。
「君は」
声が震えた。
「どうしたい」
影は泣いたままだ。
答えはすぐには返ってこない。
俺の救済衝動が、さらに強く鳴る。
警告。
対象の応答遅延。
救済行動の即時実行を推奨。
「黙れ」
俺はログに言った。
自分に言ったのかもしれない。
ミオが隣に来る。
俺の袖を引かない。
止めもしない。
ただ、横に立つ。
「救わなくていいです」
ミオは言った。
優しい声だった。
「一緒に考えてください」
その言葉で、ようやく息が入った。
俺は少女の影の前に膝をつく。
抱き上げない。
引っ張らない。
正解を押し付けない。
「ここから出たいか」
少女の影が、小さく頷いた。
「歩けるか」
少し迷って、また頷く。
「じゃあ、手を出す。掴むかどうかは、君が決めていい」
俺は手を差し出した。
少女の影は、しばらく見ていた。
そして、自分から手を伸ばした。
白鐘網が、静かに変わる。
再選択を確認。
対象:レン
中心重力:【救済依存】
行動:単独救済から共同選択へ変更
軌道偏差:更新
救済衝動は、まだ胸にある。
消えない。
でも、今はそれでよかった。
消すのではなく、持ったまま問い直す。
そのための、中心重力だった。




