第六十八話 ミオの選び直し
エルシアの中心重力が表示されたあと、白い間の色が少し変わった。
白は白のままだ。
けれど、もう完全ではない。
亀裂があり、影があり、名前がある。
その場所で、ミオが一歩前に出た。
「次は、私です」
俺は何も言わなかった。
止めたい気持ちはあった。
怖いなら見なくていい。
無理しなくていい。
そう言いたかった。
でも、それを言う前に、ミオはこちらを見た。
「レンさん」
「うん」
「心配してくれているのは分かります」
「うん」
「でも、私が決めます」
喉の奥が詰まった。
俺は頷く。
「分かった」
ミオは目を閉じた。
「ミオ」
彼女は、自分の名を言った。
ミアではなく。
M-17でもなく。
救済錨でもなく。
ミオ。
自己名宣言を確認。
観測負荷警告を確認。
自己観測同意を確認。
中心重力を表示します。
白い文字が、彼女の前に浮かぶ。
対象:ミオ
中心重力:
旧:【被救済依存】
現在:【自己選択への渇望】
注記:
配置役割【救済錨】との不一致が拡大しています。
ミオは、その表示をじっと見ていた。
被救済依存。
その言葉は、残酷だった。
彼女が悪いわけではない。
けれど、助けられることで自分の輪郭を保ってきた部分がある。
救われることで、誰かに必要とされることで、生き延びた部分がある。
それを否定すれば、彼女の過去まで否定することになる。
「私は」
ミオは静かに言った。
「助けられて嬉しかったです」
俺は息を止めた。
「森で、レンさんが来てくれた時も。保護院の記録を一緒に見てくれた時も。怖い時に隣にいてくれた時も」
彼女は俺を見る。
「嬉しかった。だから、それを全部偽物にはしません」
「うん」
「でも、助けられる私だけでいたくありません」
ミオは一歩、俺の横に並んだ。
後ろではない。
前でもない。
横。
「私は、レンさんの救う理由ではありません」
その言葉は、痛かった。
でも、もう逃げなかった。
「私は、レンさんを救うための人でもありません」
「うん」
「それでも」
ミオは少しだけ笑った。
「今は、隣にいたいです」
今は。
その言葉が、約束よりずっと誠実に聞こえた。
「永遠に、ではありません」
「うん」
「役割として、でもありません」
「うん」
「私は、私の足で隣に立ちます」
白鐘網が、静かに鳴った。
再選択を確認。
対象:ミオ
旧中心重力:【被救済依存】
現在中心重力:【自己選択への渇望】
行動:救済錨としての同行固定を未選択
軌道偏差:更新
ミオは、そのログを見て、小さく息を吐いた。
「怖いですね」
「うん」
「でも、少し楽です」
俺は、今度こそ何も言わなかった。
ただ、隣に立っていた。




