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第六十七話 女神の中心重力

 ノアの黒鐘が静まったあと、白い間には女神の沈黙が残った。


 エルシアは、ずっと俺たちを見ていた。


 悲しそうに。


 それでいて、どこか遠くから。


「エルシア」


 俺は名前を呼んだ。


 女神ではなく。


 管理者でもなく。


 エルシア。


 彼女の瞳が、かすかに揺れる。


「あなたには必要ありません」


「まだ何も言ってない」


「言わなくても分かります」


 エルシアは微笑んだ。


 いつもの、白い間で見た慈愛の顔。


「神に、中心重力はありません」


「本当に?」


 俺は【万能鑑定】を使う。


 当然、神格存在は完全には見えない。


 だが、白い間にはノアが残した亀裂がある。


 管理者選択肢の外側。


 まだ名前のない余白。


 そこからなら、少しだけ見える。


【万能鑑定】を実行。

対象:女神エルシア


結果:

権限不足

表示層への直接接続を拒否


 弾かれる。


 だが、沈黙鈴が鳴った。


 レン。


 ミオ。


 ノア。


 セラ。


 カイト。


 自分の名を呼んだ者たちのログが、白い間に重なる。


 その全ての中心に、エルシアがいる。


 彼女はずっと観測してきた。


 助けようとしてきた。


 壊れないように、意味を与えようとしてきた。


 完全自由世界。


 扉を開けられなかった男。


 選択肢の多さに壊れた転生者たち。


 救えなかった世界。


 エルシアは、彼らに役割を与えなかった。


 名前以外の支えを与えなかった。


 自由なら、自分で意味を作れるはずだと思った。


 そして、彼らが壊れていくのを、最後まで観測した。


 エルシアの表情から、微笑みが消えた。


「やめなさい」


 初めて、命令だった。


「これはあなたたちのためではありません」


「あんたのためか」


 白い間に、過去の映像が浮かぶ。


 何も与えなかった世界。


 人々が自由の中で倒れていく世界。


 エルシアが、それを見ている。


 怒らず。


 責めず。


 ただ、二度と見ないと決めた顔で。


管理者内部記録へ干渉。

対象:エルシア


警告:

管理者自己観測領域です。


 エルシアの声が震えた。


「私は、守りたかったのです」


「知ってる」


「人間は壊れました。自由にしたら、壊れたのです。だから私は」


「だから、もう一度壊れるのが怖かった」


 彼女は反論しなかった。


 白い間に、転生者たちの名前が一瞬だけ浮かんでは消える。


 勇者でも、魔王でも、聖女でもない。


 ただの名前。


 エルシアが、支えを与えなかった人たちの名前。


 ログが開く。


対象:エルシア

中心重力:【喪失恐怖】


管理行動との接続率:高

保護分類との接続率:高

記憶初期化処理との接続率:高


 白い間が、完全に静止した。


 女神にも、中心重力があった。


 神だから自由なのではない。


 管理者だから軌道の外にいるのでもない。


 彼女もまた、失ったものの周りを回っていた。


 エルシアは、ログを見つめていた。


 長い沈黙のあと、彼女は小さく言った。


「私は、また失うのが怖かった」


 その声は、初めて女神ではなかった。


 ただの、誰かの声だった。


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