第六十五話 追放者は拍手を待たない
カイトは、最初から嫌そうな顔をしていた。
「見たくねえな」
彼は白い間の隅で言った。
「絶対ろくでもねえ名前が出る」
「見ない自由もある」
俺が言うと、カイトは鼻で笑った。
「それを言われると、逆に見たくなるだろうが」
面倒くさい男だ。
でも、その面倒くささが彼らしかった。
カイトは剣の柄に手を置いたまま、少しだけ目を伏せた。
「カイト」
自分の名を言う。
それだけで、彼の周囲に古い記録が浮かんだ。
追放。
裏切り。
嘲笑。
覚醒。
復讐。
拍手。
見返した時の快感。
何度も与えられた、よくできた物語。
対象:カイト
中心重力:【証明依存】
注記:
否定された自己価値を、他者への勝利と称賛によって補填しようとしています。
「ほらな」
カイトは笑った。
乾いた笑いだった。
「知ってたよ。俺はずっと、誰かに謝らせたかった。お前は間違ってなかったって言わせたかった」
彼の背後に、王国勇者庁の記録が映る。
最初の追放。
最初の復讐。
最初の喝采。
それが気持ちよかったから、世界は何度も同じ味を出した。
怒りは燃料効率がいい。
グースの言葉が、頭をよぎる。
カイトは、それを誰より知っている。
白鐘網の断片が揺れた。
映像の中で、若い転生者が勇者庁の廊下に立っている。
彼は、今まさに不当な任務を押し付けられようとしていた。
カイトが動けば、格好よく救える。
誰もが拍手する。
追放者が、次の追放者を救う場面。
あまりにも美味しい。
カイトの【逆境反転】が、薄く光った。
彼は舌打ちする。
「最悪だな。めちゃくちゃ気持ちよさそうだ」
それでも、カイトは剣を抜かなかった。
代わりに、廊下の記録へ向かって一枚の書類を投げた。
退路。
証拠。
逃げるための手続き。
派手な救出ではない。
誰も拍手しない。
若い転生者が、自分で廊下を出ていくための紙だった。
「俺はまだ見返したい」
カイトは言った。
「今でも、連中の前で笑ってやりたい。謝らせたい。土下座させたい」
彼は少しだけ笑う。
「でも今日は、それで動かない」
白鐘網が、短く鳴った。
再選択を確認。
対象:カイト
中心重力:【証明依存】
行動:復讐演出を未選択
軌道偏差:更新
カイトはログを見て、嫌そうに肩をすくめた。
「褒めんなよ。気持ち悪い」
「褒めてない」
「ならいい」
そう言って、彼はそっぽを向いた。
けれど、その横顔は少しだけ楽そうだった。




