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第六十三話 白鐘網のひび

 白鐘網に、ひびが入った。


 それは世界が割れる音ではなかった。


 いつも通りの朝。


 いつも通りの祈り。


 いつも通りの受付。


 その裏側で、見慣れない項目が一瞬だけ瞬いた。


 リーベル冒険者ギルド。


 受付嬢リナは、依頼書を揃える手を止めた。


 目の前の端末に、あり得ない表示が混ざっていた。


自己観測項目を検知。

【中心重力表示】


閲覧しますか?


「……何ですか、これ」


 リナは笑顔を保ったまま、顔色だけを変えた。


 彼女の指は、開く寸前で止まる。


 見たい。


 見たくない。


 自分が何を中心に仕事をしているのか。


 誰の言葉を、どの端末から受け取っていたのか。


 知りたい。


 でも、今日は開かなかった。


 彼女は依頼書の束を揃え直し、そっと呟く。


「今は、仕事をします。あとで、自分で見ます」


 それでいい。


 白鐘網は、そう答えるように微かに揺れた。


 同じギルドで、バルドは端末の表示を一瞥し、ふっと笑った。


「今見たら、酒がまずくなるな」


 彼は開かなかった。


 逃げたのかもしれない。


 保留したのかもしれない。


 それでも、強制されなかった。


 王国勇者庁。


 書記官ユリウスは、勇者候補登録書の欄外に現れた項目を見ていた。


自己観測項目:

中心重力表示


 彼は、すぐには押さなかった。


 名誉。


 秩序。


 感謝。


 期待。


 それらが善意だけでできているのか、彼は初めて疑った。


 ラベル剥がれの村。


 リセは薬草を刻む手を止める。


 黒鐘の近くでも、その項目は淡く浮かんでいた。


「来ましたか」


 彼女は静かに笑った。


「見るのは、少し怖いですね」


 怖い。


 だからこそ、自分で決める。


 そのための項目だった。


 白い間で、俺は流れ込んでくる断片を見ていた。


 全員が見るわけではない。


 見たくない人は、見ない。


 見たい人だけが、扉の前に立つ。


 エルシアは、その断片を悲しそうに見ている。


「まだ止められます」


「止めたいのか」


「壊れる人が出るなら」


「壊さない条件にする」


 俺は言った。


 その時、白鐘網の奥で、ひときわ強い反応があった。


 女神教会。


 白鐘監察官セラ。


 彼女は端末に浮かんだ項目を、長い時間見つめていた。


 そして、誰より先に、自分で押した。


自己名宣言を要求。


 セラは静かに言った。


「私は、セラです」


 白鐘が、彼女の名を聞いた。


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