第六十二話 中心重力を表示する権利
「中心重力を表示する権利」
エルシアは、その言葉を繰り返した。
まるで、毒か薬かを確かめるように。
「あなたは、それが何を意味するか分かっていますか」
「全部は分からない」
俺は答えた。
「だから条件をつける」
白い間に、観測塔の扉が浮かんだ。
観測塔で見た閲覧条件。
他者記録は、本人の同意がなければ開けない。
それは、倫理ではなく安全装置だった。
だが、今はそれでいい。
安全装置でも、使い方を変えれば権利になる。
「自分の中心重力は、自分の記録だ」
俺は言った。
「他人が善意で勝手に開いていいものじゃない」
「自分で開いても、壊れる人はいます」
「いる」
否定できなかった。
完全自由世界で扉を開けられなかった男の記録が、頭をよぎる。
見れば救われる、なんて雑なことは言えない。
「だから警告を出す。観測負荷も出す。今は見ない選択も残す」
俺は、できるだけ短く言い直した。
「要するに、見たい人だけが見る。見たくない人には、誰も押し付けない」
フロッグが小さく頷いた。
「見ない自由も、必要ですからね」
「ああ」
ノアが鼻で笑う。
「ずいぶん臆病な革命だ」
「臆病でいい」
俺は言った。
「俺はもう、誰かを救うために誰かを壊したくない」
沈黙鈴が、手の中で鳴った。
外には聞こえない。
でも、内側では確かに響いた。
レン。
ミオ。
カイト。
ノア。
名前は、役割を消す魔法ではない。
それでも、役割より先に自分を呼び戻すための杭になる。
条件候補を照合。
閲覧条件:
本人の同意
自己名の想起
観測負荷への警告確認
他者による代理閲覧不可
エルシアが、そのログを見つめる。
「あなたは、私の管理を一部利用しています」
「そうだな」
「私を否定しながら」
「全部は否定できない」
俺は正直に言った。
「あんたが作った安全装置で助かったものもある。だから、そこは使う」
エルシアの表情が、ほんの少しだけ崩れた。
怒りではない。
たぶん、困惑。
支配される側が、支配の仕組みを奪って、別の使い方をしようとしている。
白い間に、新しい枠が浮かぶ。
仮項目:【中心重力表示】
分類:
自己観測
条件設定中。
まだ、仮だ。
けれど、ゼロではない。
ミオが隣で、小さく息を吐いた。
「見るかどうかを、選べるんですね」
「そうしたい」
俺は答えた。
「見せるんじゃなくて、見たい時に開けるようにする」
その瞬間、白い間の外で、遠くの鐘が鳴った。
白鐘網が、仮項目を検知した音だった。




