第六話 救済者候補
ギルドを出たあと、俺たちは薬師の店へ向かった。
受付嬢が紹介した薬師は、町の裏通りで小さな店を構えている老婆だった。教会とは関係ないらしく、ミオの足首を見るなり「ずいぶん雑に逃げたね」とだけ言って、手早く湿布を巻いてくれた。
「骨は折れてない。二、三日は走るんじゃないよ」
「ありがとうございます」
ミオは深く頭を下げる。
俺は銅貨を支払った。財布はかなり軽くなった。
宿代、食事代、明日の金。
やはり仕事が必要だ。
俺たちは再びギルドへ戻った。
正直、戻りたくはなかった。
受付嬢の言葉が頭から離れない。
今回のレン様。
死亡地点の変更申請。
あれを聞いたあとでギルドを信用しろという方が無理だ。
だが、避ければ別の形で同じ場所へ戻される気もしていた。
なら、見える範囲で利用する。
今日やることは二つ。
宿代を稼ぐこと。
それから、教会とギルドが俺たちをどう記録しているのか探ること。
俺は初心者向け掲示板の前に立った。
依頼:薬草採取
報酬:銅貨八枚
危険度:低
依頼:迷い猫の捜索
報酬:銅貨五枚
危険度:低
依頼:東門外の荷運び補助
報酬:銅貨十二枚
危険度:低
備考:人手不足
地味だ。
すばらしく地味だ。
魔王討伐どころか、スライム討伐すらない。
「荷運びにするか」
「怪我は」
ミオが心配そうに聞く。
「肩は痛いけど動く。今日の宿代くらいは稼がないと」
「私も」
「足が治るまで休む」
即答すると、ミオは唇を噛んだ。
しまった。
強く言いすぎた。
「ごめん。命令したいわけじゃない。ただ、無理したら治りが遅くなる」
「……はい」
ミオは頷いたが、納得した顔ではない。
「でも、薬草なら少し分かります」
「薬草?」
「保護院で習いました。治療院の手伝いをしていたので。あと、教会の書類も少し読めます」
ミオは言ってから、自分で驚いたように口を閉じた。
役に立てる材料を、必死に差し出している。
でも、それはただの依存ではなかった。
彼女自身が持っている知識だ。
「分かった。じゃあ、無理に歩く仕事は俺がやる。ミオは掲示板と教会関係の文字を見てくれ。俺より詳しいはずだ」
ミオの顔が、ほんの少しだけ明るくなった。
「はい」
彼女はたぶん、何かの役に立たなければここにいてはいけないと思っている。
そして俺は、そういう顔を見ると助けたくなる。
似ているのかもしれない。
誰かに必要とされないと、自分の居場所が消えると思っているところが。
依頼票を取ろうとした時、ステータスが勝手に開いた。
称号候補を確認。
【救済者】
付与条件達成率:72%
条件:
孤立状態の対象を救出する。
保護対象との信頼関係を形成する。
町または組織から善行を認識される。
「……やっぱり来たか」
俺は依頼票を持つ手を止めた。
救済者。
綺麗な称号だ。
いかにも勇者ルートの入口みたいな名前。
だが今の俺には、首輪に見えた。
付与条件の二つ目。
保護対象との信頼関係を形成する。
それはたぶん、ミオのことだ。
俺が彼女を助け、彼女が俺を信頼し、それを町が認識すれば、俺は救済者になる。
そして称号は、世界の側から役割を固定する。
まだ確証はない。
でも、体がそう理解している。
「レンさん?」
ミオが覗き込む。
「何か、見えたんですか」
俺は迷った。
周回記録のことを話すべきか。
彼女に、君は過去十七回俺に救われているらしいと伝えるべきか。
言えるわけがなかった。
「称号候補が出た」
「称号?」
「【救済者】」
ミオの表情が少し明るくなる。
「すごいです。人を助けたから、世界に認められたんですね」
その反応は自然だった。
普通なら喜ぶところだ。
称号がもらえる。善行が認められる。異世界での立場ができる。
けれど、俺は喜べなかった。
「認められるっていうより、決めつけられる感じがする」
「決めつける?」
「お前は救う側だ、って」
ミオは困惑した。
その顔を見て、俺はまた言葉を間違えたと思った。
彼女からすれば、自分を助けた人間が「救う側にされたくない」と言っているように聞こえるだろう。
「ミオを助けたことを後悔してるわけじゃない」
「……はい」
「ただ、その後に世界から『じゃあ次も救え、その次も救え』って言われるのが嫌なんだ」
ミオは少し黙った。
「助けるのは、嫌ですか」
細い声だった。
胸が痛む。
これだ。
この顔をすると、俺は言いたくなる。
嫌じゃない。
大丈夫。
俺が守る。
君は何も心配しなくていい。
その言葉はきっと、彼女を安心させる。
そして俺も、安心する。
でもそれは、同じ軌道ではないのか。
「嫌じゃない」
俺はゆっくり言った。
「でも、助けたあとに、相手の人生まで俺のものみたいに考えるのは嫌だ」
ミオは目を伏せた。
「よく、分かりません」
「俺も分かってない」
正直に言うと、ミオは少しだけ驚いた顔をした。
その時、ギルド内がざわついた。
入口の方から、荷運び依頼の依頼主らしき男が駆け込んでくる。
「誰か、東門へ来てくれ! 荷車が倒れて、子供が下敷きに!」
空気が変わった。
冒険者たちが顔を見合わせる。
依頼票を持っていた俺の手に、力が入った。
【救済衝動】が強く反応しました。
対象候補:子供
状態:負傷、恐怖、圧迫
行動優先度が上昇します。
称号候補【救済者】
付与条件達成率:84%
「このタイミングでかよ」
俺は歯を食いしばった。
称号を避けたい。
世界の誘導に乗りたくない。
けれど、子供が下敷きになっている。
それを聞いて動かない人間になりたいわけじゃない。
ミオが俺を見た。
不安そうに。
でも、少しだけ祈るように。
俺は依頼票を握り潰しそうになりながら、走り出した。
「行く」
ギルドの外へ飛び出す直前、ログが視界に浮かぶ。
イベント一致率:88%
過去周回名称:【救済者の認定】
分かっている。
たぶんこれは、罠だ。
それでも俺は、東門へ向かって走った。
ただし、今度は一人で英雄になるつもりはなかった。
次話、救済者ルートを少しだけズラします。




