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第五話 冒険者ギルドの受付嬢は俺の死に方を知っている

 始まりの町リーベルは、思っていたよりも普通の町だった。

 石造りの門。荷車を引く商人。野菜を並べる露店。昼から酒場に吸い込まれていく男たち。門番は俺とミオをちらりと見たが、深く追及はしなかった。

 異世界らしいと言えば、腰に剣を下げた人間がやたら多いことと、頭に獣の耳がある人が普通に歩いていることくらいだ。

 普通。

 それが逆に怖い。

 世界がどれだけおかしな仕組みで回っていても、表面はこんなふうに生活で満ちている。

「レンさん」

 隣のミオが小さく俺の袖を掴んだ。

 人混みに怯えている。特に白い鐘の紋章を見るたび、体が固くなる。

「大丈夫。まずは宿……と言いたいけど、金が足りるか怪しいな」

 袋の中の銅貨を確認する。

 多くはない。

 干し肉と水だけで数日粘ることはできるが、ミオの足を診てもらうなら金がいる。

 結局、冒険者ギルドへ行くしかなかった。

 テンプレだ。

 あまりにテンプレすぎる。

 だが、情報と仕事と身分証をまとめて手に入れられる場所があるなら、使わない理由もない。

 問題は、それが世界の用意した道かもしれないことだった。

イベント一致率:81%

過去周回名称:【冒険者登録】

「分かってるよ」

「え?」

「いや、独り言」

 ギルドは町の中央広場にあった。

 二階建ての大きな建物で、入口の上には剣と羊皮紙を組み合わせた紋章が掲げられている。中に入ると、酒と革と鉄の匂いがした。

 受付カウンター。

 掲示板。

 食堂。

 武装した冒険者たち。

 見慣れないはずなのに、配置が妙に頭に入ってくる。

 右奥に初心者用の依頼。

 左の階段の先に査定室。

 受付は三つ。中央が新規登録用。

 なぜ知っている。

 俺は中央の受付へ向かった。

 受付嬢は栗色の髪をきれいに結った女性だった。年は二十代半ばくらい。笑顔は柔らかいが、目はかなり鋭い。

「ようこそ、リーベル冒険者ギルドへ。本日はご登録でしょうか」

「はい。登録をお願いします」

「承知しました。お名前を」

「レンです」

 受付嬢の羽ペンが、ぴたりと止まった。

 本当に一瞬。

 だが、今日の俺は一瞬の違和感に敏感だった。

「レン様、ですね」

「俺を知ってますか」

「いいえ。初回登録の方のお名前を確認しただけです」

 笑顔は崩れない。

 俺はミオをちらりと見る。ミオは受付嬢から目を逸らしていた。

「そちらの方も登録されますか?」

「いえ、彼女は付き添いです。足を怪我していて」

「でしたら、登録後に提携治療院をご案内できます」

「教会系ですか?」

 受付嬢の目がわずかに細くなった。

「リーベルで正式な治療資格を持つ施設は、女神教会の施療院です」

 ミオの袖を掴む力が強くなった。

「他には?」

「薬師が数名おります。ただし、治療魔法は使えません」

「薬師を紹介してください」

「承知しました」

 受付嬢は何も追及しなかった。

 ただ、羽ペンの先が紙の上で不自然に止まる。

「登録にあたり、簡易ステータスの確認を行います。こちらの水晶に手を置いてください」

 カウンターに透明な水晶が置かれた。

 嫌な予感がする。

警告。

観測端末を確認。

接続時、一部ステータスがギルド記録へ同期されます。

「同期って」

「何かご不明点が?」

「ステータス情報は、どこまで記録されますか」

「通常は、お名前、種族、職業、主なスキル、冒険者ランクです」

「通常は」

 受付嬢は微笑む。

「例外的なスキルをお持ちの場合、記録が制限されることもあります」

 知っているのか。

 それとも、ただの規定文句か。

 俺は水晶に手を置いた。

 冷たい。

 次の瞬間、水晶の中に白い光が走った。

ギルド観測端末へ接続しました。

公開情報:

名前:レン

種族:人族

職業:未設定

公開スキル:【万能鑑定】

秘匿情報:

【救済衝動】

【周回記録】

 よし。

 少なくとも、勝手に全部は見えないらしい。

 受付嬢は書類に目を落とした。

「レン様。人族。職業未設定。主スキルは【万能鑑定】。登録に問題はありません」

 そこで彼女は、ふっと自然に言った。

「今回のレン様は、剣ではなく鑑定を選ばれたのですね」

 ギルド内の音が遠ざかった。

 俺は受付嬢を見る。

 受付嬢も、自分の言葉に遅れて気づいたように、わずかに口を閉じた。

「今回?」

「失礼しました」

 彼女は完璧な笑顔に戻る。

「初回登録の方でしたね。言い間違いです」

「剣ではなく、というのは?」

「初心者の方は剣術系スキルを選ばれることが多いので」

「俺がスキルを選んだことを知っているんですか」

「女神様の祝福を受けた方は、何かしらの才を授かるものですから」

 理屈は通っている。

 通りすぎている。

 俺は水晶から手を離した。

 その時、視界の端にログが開いた。

過去周回との差異を確認。

前回公開スキル:【剣聖の器】

今回公開スキル:【万能鑑定】

軌道偏差:0.9%

注意:初期表示ログとの参照元不一致。

 剣聖。

 第1話で女神が提示したスキル。

 前回は、俺はそれを選んでいたのか。

 いや、前回選択スキルは【聖癒の手】と表示されていたはずだ。

 どういうことだ。

 前回。

 前々回。

 もっと前。

 何度も、違うスキルを選んでいる?

 それとも『前回』という言葉そのものが、俺の思っている意味とは違うのか。

 受付嬢が木札を差し出す。

「こちらが仮登録証です。最初はFランクからとなります」

「ありがとうございます」

「それと」

 受付嬢は声を少し落とした。

「死亡地点の変更申請は、まだ反映されておりませんので」

 俺は動けなかった。

 彼女は、また笑った。

「失礼しました。こちらも別件でした」

「待ってください。今のは」

「薬師の場所をご案内しますね」

 話を切られた。

 周囲の冒険者たちは何も気にしていない。ミオだけが、青ざめた顔で俺を見ている。

 俺の頭の中では、受付嬢の言葉が何度も反響していた。

 死亡地点の変更申請。

 俺はまだ、この世界で一度も死んでいない。

 少なくとも、今回の俺は。

警告。

過去死亡記録への参照を検知しました。

現在の閲覧権限では詳細を表示できません。

 世界は普通の顔をしている。

 でも、その普通の顔の下で、俺の死に方まで事務処理されている。

 ミオを教会へ戻さない。

 俺の前回死亡原因を調べる。

 さっき決めた目的が、ただの思いつきではなくなった。

 この町のどこかに、俺の死に方を知っている記録がある。


次話、世界がレンに貼ろうとしているラベルが見えてきます。

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